御柱見聞録 /

警察 VS 氏子 −官と民のコミュニケーション−

 諏訪の大動脈である国道20号を横切る「中河原」の交差点は、警察と大総代から、「御柱は、指示した時間内に通過させるように」という申し入れがあります。しかし、警察には日頃の“恨み”を持つ人が多いので、わざと交差点内で止まり、なかなか動こうとしません。酒が入り気も大きくなっていますから、毎回(といっても6年に1度)警察から強く要請される「お達し」はまったく無視されます。

中河原の交差点を渡る「本三」の柱
中河原の交差点

 これも伝統で、曳くジェスチャーだけで力は入れません。何しろ、信濃国の「一之宮」という自負もあるし、動かないのは神の意志と強引に理由付けて、目一杯自分達の祭りを楽しみます。
 焦るのは警察と大総代、それに渋滞に巻き込まれた車です。中央自動車道が開通して分流するようになりましたが、それでも土日ということもあり、8本の「神の柱」は通過だけの行楽客にとっては「疫病神の柱」となります。

 平成10年は例年にない多くの観光客が見込まれると予想した警察は、警備に県内の各署から応援が駆けつけていました。
 「ホーキンス」のロゴが入ったお揃いのデイパックを背負った警察官に、困惑顔の観光客が尋ねている姿を幾度となく目撃しました。その返事は「私は松本からの応援でして、よく分かりません」でした。「そんなことは言い訳にならない」と、なおも食い下がる「民」と「官」の攻防も一種のコミニュケーションと考えれば、御柱は(交通取り締まりを除くと、多くの人にとっては縁が薄い)その関係を親密にする有意義な祭りだとも言えます。
 一番苦労していたのが原村の駐在さんです。何しろ全村民が顔馴染みですから、酔った氏子に酒を無理強いされたり、先頭のミニ御柱に強引に乗せられたりと、公務と懇親の二者択一を迫られ大汗をかいていました。むげに断れないし、後の祟りも怖いと…。

一気に中河原の交差点を渡る「前二」
足早に国道を渡る前二の曳き子

 平成16年の山出しは天候不順で、初日の前半が雨で最終日が雨のち雪という、古老でも記憶にないと言う自然に翻弄されました。
 一週間後に行われた下社の山出しは好天続きで、下社の氏子に「こちらでは天気がよすぎて上社の皆さんに申し訳ない」と同情される始末でした。写真の中河原交差点も雨とあっては一気に通過し、まったく話の種になりませんでした。
 「川越し」では多くの警察官が、盛り上がる人波を背に、雨で滑る坂を上り下りする子供連れや年配者に声を掛けていました。職務とはいえ、手抜きをせずに氏子の安全を確保しているのを見て頭が下がりました。白いカッパを着た若い警察官は、どの管内からの応援だったのでしょうか。