御柱見聞録 /

木遣りと突撃ラッパ

 御柱の曳行は、かつては「木遣り」で全てが進行していました。それぞれの状況に合った詞があり、名人の木遣りでは柱八本が一斉に動いたという逸話もあります。
 ところが、すでに昭和の初期には存在していたというラッパの吹奏が、現在は消防団員を主とするラッパ隊に受け継がれ、その活躍は木遣りを凌ぐまでになりました。


「突撃ラッパ」shishimaru1214(音量注意) 

 曳き子を鼓舞する金管音と鼓笛はそれなりに祭りを盛り上げますから、多くの人がその存在を認め、祭りには欠かせないものと思っています。
 しかし、諏訪に移り住んで初めて参加した御柱祭で「突撃ラッパ」を聞き、それに煽られて嬉々として御柱を曳く人々に驚きました。オイオイ、諏訪大社のお祭りに、

《 出・て・く・る・敵・は・皆・々・殺・せー 》※突撃ラッパの替え歌

はないだろう、と。

御柱のラッパ吹奏

 祭りの全日程に参加したことがあります。そのためか、祭りの興奮が完全に終息した後でも「御柱」と聞くと、木遣りと掛け声とホイッスル、それに突撃ラッパが条件反射のようによみがえってきます。そのことから、いかにラッパ隊が“活躍”したかを理解してもらえるでしょうか。今や、女性のラッパ手や太鼓手も話題になり、その“活躍”に磐石の地位を築いた感もあります。

 ここまで目の敵のように「突撃ラッパ」を挙げてきましたが、ラッパの吹奏は何曲もあり、御柱祭のそれぞれの場面に合うメロディーで吹き分けられています。曲によっては哀調を帯びたものもあり、身に染みるものもあります。

突撃ラッパだけは…

 私は、ラッパ吹奏(と鼓笛)のすべてを否定するつもりはありません。突撃ラッパだけが「場違い」だと言いたいのです。それは「戦争云々」と言うより、ラッパに煽られて、突撃さながらに御柱を引っ張る姿が滑稽に見えるからです。
 他所から見物に来る人も突撃ラッパを不思議に思うそうで、「これが天下の奇祭ということか」と皮肉られてしまいました。「(私を含めた)よそ者が何を言うか」と突き上げられそうですが、何はおいても「まず、木遣りありて」となることを望みます。

突撃ラッパの賛否

 『オール諏訪』(平成16年3月号)に、諏訪神事研究会主催のシンポジウム〔御柱の起源を探る〕を文字化したものが載っています。ラッパと木遣りに関係する部分を転載しました。

司会:御柱に付随する鳴り物についてご発言を願いたい。
  • 進軍(※突撃)ラッパをいつまでもやるのはつや消しだ。止めるべきだ。
  • ラッパは御柱を曳く時でなく、休んでいる時にやるのがよい。
  • 西欧のラッパなんかすっかり止めて、木遣りだけでよい。
  • どっちとも決め兼ねるが、進軍(※突撃)ラッパだけは止めるべきだ。品が落ちていかん。品格が落ちないと思っているのは吹いでいる人だけだ。
  • 「コレハサンノーエー・アレハサンノーエー」と入る下社の木遣りは、江戸の木場への出稼ぎで覚えてきた木曳き木遣りだ。そっくり同じである。上社の木遣りは独自の発明だ。俗に「鳴く」というが、最後のせり上りが特長だ。全体として上社の木遣りに近づいていくような気がする。
  • 下手な木遣りでは御柱は動かぬ。曳き子の脳中に節が刻み込まれていて、それにフィットしなければ曳き綱に力が入らぬのである。

突撃ラッパより木遣りを

 最近は、地元ケーブルテレビ局が「木遣り(諏訪限定)日本一コンクール」開催に力を入れていることもあって、保存会も数多く発足し、女性を含め幅広い年齢層の人達が練習に励んでいるそうです。ラッパに負けない木遣師が多く育つように願っています。

 下社では、「ラッパ吹奏は自粛」と関係団体に申し入れたそうです。どんな様子かと下社「秋一」の木落としをテレビで見ましたが、自粛は徹底していたようです。相撲の仕切り直しのように、木が落ちるまでにはかなりの間(ま)があります。ラッパ吹奏がない分木遣り衆が頑張らないと、その間が抜けたようになります。しかし、木遣りが次々とわき上がるように鳴き響き、これが本来の御柱だと思いました。

 諏訪市博物館主催の「木遣り講座」があったことを、新聞が報じていました。その中で、講師になった上社の木遣り衆が「将来的にはラッパを無くしたい」との談話がありました。私も同感です。しかし、これだけ市民権を得ていては、しばらくの間は下社のように「木遣りの補助的」という段階が必要でしょう。
 この補助的という表現もあいまいですが、試行錯誤しながら一定の形を決めるしかないと思います。しかし、しばらくの間とか試行と言っても「6年おき」では…。いずれにしても「突撃ラッパだけ」は、一歩譲って自粛ということにして欲しいのですが、多くの氏子は寂しいと感じるでしょう。

「諏訪大社の境内では、突撃ラッパは禁止」を提案

 諏訪大社から強く申し入れて欲しいのが、鳥居をくぐった時点……境内での「突撃ラッパの禁止」です。諏訪大社が「日本第一大軍神」であったからといっても、平成の世に、銃剣をイメージする突撃ラッパが鳴り響くのは馴染めません。重ねて書きますが、銃剣を装着して一斉突入し、弾が尽きれば白兵戦になるのが突撃です。その合図が突撃ラッパですから、何をか言わんやです。

※ 信号ラッパとしては、日露戦争中に戦訓として使用をやめている。
『Wikipedia』から抜粋  

 御柱祭とは関係ありませんが、諏訪大社本宮の元旦の神事「蛙狩り」の最中にも突撃ラッパが鳴り響きました。元旦の出初め式です。特定の「団」が毎年行っているようですが、せめて神事が終わった後にするなど、時間と場所をわきまえて欲しいものです。神職もさぞ苦々しく思っているに違いありません。