御柱見聞録 /

根藤で作る御柱の綱打ち(綱撚り)

 地元紙『長野日報』は、3月にもなると、毎日「御柱」に関する記事を掲載します。その中で、御柱に関する用語が微妙に違っていることに気が付きました。さすが新聞社!! です。記者がその違いを心得ていて、「その地区の名称」を書き分けています。
 平成22年に(も)なって、原村では、一般的な「綱打ち」ではなく「綱撚り(つなより)」と知りました。(ここでは、誰もが“読めて書ける”「綱打ち」で進めます)

 同じ曳き綱でも「曳き綱用の稲を作り、そのワラから綯(な)う」「市販の玉縄(荒縄)を使う」「藤の蔓(つる)を使う」などがあります。このような製法の違いもありますが、綱を三本撚り合わせて太綱にする方法は同じです。しかし、各地区は「代々伝えられた製法と名称」をかたくなに守っています。これが、「諏訪は一つ」の合併が一向に進まない要因の一つではないかと、御柱年が来る度に思ってしまうのですが…。

御柱の曳き綱を作る「綱打ち」 平成16年3月21日の記録

綱打ち「清祓式」
集められた根藤の御祓い

 未だに「農協」と言ってしまうJA信州諏訪原村中央集荷場に(新聞によると)600人余が集まり、御柱を曳行する綱を作る綱打ちが行われました。
 原村地区では、曳き綱を「根藤(ねふじ)」で作ります。「根藤の綱打ち」は諏訪では稀少派とあって多くのメディアが取材に訪れ、氏子の意気は大いに上がりました。
 当日の天候は薄曇りでした。まずまずの作業日和といっても、屋根はあっても吹きさらしですから寒さは感じます。9時から始まった神職の清祓式(上写真)の後、諏訪挙げての御柱祭とあって、村長や地元選出県会議員の挨拶がありました。


ビデオ(3′10″)

 原村では、北部・中部・南部地区に別れ、それぞれが束ねた3本の根藤を、「三つ叉」を介して一本の綱に撚(よ)りあげます。
 藤の根は一本毎に太さ・長さ・柔軟性が異なるで、規格のある曳き綱を作るのは大変なことです。それも徐々に太さを変えなければなりません。文字通りの「元締め」が三本の綱の縒り具合を調整しながら号令を発し、最後部にも分かるように「Go・Stop」の白旗・赤旗が振られます。「セーノ」に「ヨイショ」が応え、波のように揺れるハッピの上に根に付着した土ほこりが舞い上がりました。
 綱打ちでは、元綱だけにワイヤーが一本中に編み込まれます。「絶対切れることがない」と言われる根藤の綱ですが、言い伝えでは保証を問えないので、「万が一」に備えて大事を取るようです。あの有名な四国・祖谷(いや)の「かずら橋」も太いワイヤーが見え見えですから、これは仕方のないことでしょう。

根藤で綱打ち 祭り間近の準備作業でさらに強固になった一致団結で、気合いが入って固く締まった綱が一本ずつ出来上がってきました。ランダムな凹凸や曲線が芸術品を思わせ、猛々しい八岐大蛇(やまたのおろち)をも彷彿させます、というと褒めすぎでしょうか。
 木遣りやラッパ吹奏がハッパを掛ける中、3時までに原村が担当する元綱の男綱と36メートルの中綱、先綱および本宮奉納用の綱が完成して綱打ちは終了しました。
 話によると、今回は準備段階から設けられた「わなぐり」係の功績が大きかったようです。前回の綱打ちでは、一家言ある(口を出す)“棟梁”が多くて大混乱したそうです。さらに6年間のブランクがありますから、順調に動き始めるのに時間がかかります。それが、わなぐり係が前もって先の部分をあらかじめ作るなど準備万端を整え、カンを完全に取り戻した状態で指導したために、作業はスムーズに立ち上がったそうです。

綱打ちの成果を披露 左は、長さ10間(18m)最大径8寸(25cm)の元綱(男綱)です。JR信州諏訪原村ショッピングセンター前に展示されました。原村役場前に置かれた中綱・先綱とともに「山出し」を待ちます