御柱見聞録 /

御柱屋敷

 木落としで里に下ろされた御柱は、川越しが終わると宮川の堤防下にある「御柱屋敷」に曳き着けられます。「屋敷」と(もったいぶって)呼んでいますが、実は青空屋敷です。本には「本来は注連掛(しめかけ)という」とありますから、下社の「注連掛」と同じになります。ここで、里曳きまでの一ヶ月を“静養して”過ごします。

御柱屋敷
16.4.24

 まだ8時前の御柱屋敷ですから、朝日が御柱の陰を長く作っていました。手前が本宮の4本で、奥に小さく写っているのが前宮の御柱です。
 ここで樹皮を剥ぎ、里曳きにふさわしい形に仕上げます。すでに、右端の一之御柱は、風邪を引きそうなほどの丸裸になっていました。
 里曳きまであと一週間余りなので、今日最後の手入れをする地区が多いようです。早くも、ハッピを着た二人連れが、写真を撮る私の脇を通って前宮の御柱に向かって行きました。

御柱屋敷 享保18年(1733)から編纂が始まった『諏訪藩主手元絵図』にも「御柱やし記 休処」とあるので、古くからの呼称であることがわかります。左に、諏訪史談会の復刻版から〔安国寺村〕の一部を転載しました。