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淡島神社のミニ鳥居 長崎県雲仙市国見町

 南島原市北有馬町にある、国指定史跡「原山支石墓群」を見学しました。“支石が見える支石墓”は初めてなので、写真で見た大陸のドルメンに比べれば小型ですが、「これがドルメンだ!」と感動しました。
 後は長崎自動車道に乗るだけなので、近辺に何かないかと『長崎県の歴史散歩』を開くと、〔北目(島原半島北部)の史跡〕に「淡島神社の小さな鳥居」と説明がある写真に目が留まりました。淡島神社は初めて聞く名前ですが、テレビのニュースで「ミニ鳥居を大人が這ってくぐる」映像は記憶にあります。結局、「鳥居に惹かれて淡島神社参り」となり、国見町へ向かうことにしました。

淡島神社参拝

淡島神社 「熊野神社」の鳥居額を見て、「これは出直しか」と思いました。しかし、淡島神社はその奥で、大棟に「三ツ柏」が5連装という大きな拝殿が現れました。
 左方に、ガイドブックに載っていた写真通りの「小さな鳥居」が見えますが、とりあえずは祭神に挨拶です。
 下記は、拝殿の回縁に置かれた「淡島神社由来」ですが、“有名な”鳥居についての由来は書いてありません。

 粟島神社は少彦名命を祭神として、文化九年(1812)、神代藩主第十代鍋島茂體公の時代に亀川出羽守忠英という人によって建立されました。
 社屋は幾星霜を経て、現在の社屋が平成四年三月に再建されました。
 淡島神社という名前は元来粟島神社の俗称として親しまれた呼び名でしたが、今では通り名となり全国各地の淡島神社と同様、縁結び・安産・子育てに霊験があるとされ、特に女性の守り神として厚い信仰を集め、淡島さんと親しまれています。

 拝殿の扉に「閉めてください」とあるので“扉を開けて閉める”と、中は畳敷きで自由に参拝できることがわかりました。上がると、…霊験に関連がある様々なモノが置かれています。女性なら御利益が先行して何も意識しないと思いますが、男の私は(なぜかある)線香の匂いと相まって「おどろおどろ」しさを感じてしまいました。無人の社殿に揺らめくロウソクの炎が、「お前が来るところではないよ」と言っているようで落ち着きません。早々に退散しました。

女性に幸せを呼ぶミニ鳥居

 境内を見回しても誰もいませんから、人目をはばからずに挑戦できます。しかし、5時も近い日陰の境内で這いつくばってうごめいている自分を想像すると、…余りにも侘びしすぎます。「男だから」と言い訳を作って止めました。

淡島神社鳥居 手前の鳥居は内側の一辺が約33cmで、順に3cm落ちになっているそうです。銘を読むと「改築五十周年記念・昭和三十八年」とありますから、この年に新規に奉立したのでしょう。
 (後で調べたわかった)熊本県宇土市の「粟嶋神社」に、文化11年(1814年)とあるミニ鳥居がありますから、同名・同業のよしみで「ウチも」と“導入”したのでしょう。この鳥居は「大人の女性が(何とか)くぐることができる」という仕様なので、さらにサイズを小さくして「ミニ鳥居日本一」を謳うわけにはいきません。
 この淡島神社は、ミニ鳥居を建立することで話題を提供し、それによって知名度を挙げることを目的にしたのではないかと思えます。しかし、それを面白がって参拝した私ですから、「奇をてらっている」と声を挙げることはできません。

道祖神

 鳥居の後方に「道祖神」の案内板が見えます。ピンと来たので、拝殿の裏に廻ってみました。
淡島神社の道祖神 祠の中には、いずれも木製ですが、女陰を「台座」にした男根がそそり立っています。その猛々しさに、スケールダウンしても、自分の「モノ」が“粗”に見えてしまいました。
 気になるのがそのセッティングです。合体を表現したものと思われますが、その向きが相反するとあって何か落ち着きません。男根を屹立させるために女陰を固定用(の道具)に使っているとも見えてしまいます。まー、陰と陽・凹と凸の相反する関係ですから、バランスを取りにくい“展示方法”と思いますが…。