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お稲荷さんの「狐穴」 '17.6.17/'21.2.6

 「稲荷社の祠に開いた丸い穴」のことですが、固有名詞が見つからないので「狐穴」と表記しました。

狐穴


出雲市「御射山稲荷神社」

 お稲荷さんの祠に、眷属(けんぞく)のキツネが出入りする(と思われる)穴があるのを知りました。それ以降、機会があれば、社殿の規模に関わらず確認してきましたが、未だもって自分の目で見ることはできません。
 ただし、それを目的で参拝することはないので、目の届かないところでは確実に存在しているかもしれません。

小泉八雲が目撃した明治の狐穴

 以前、鳥取の「花見潟墓地」を書く中で、小泉八雲の『知られぬ日本の面影』を取り上げました。4年後の今年となりましたが、その〔十五章 狐〕に「狐の穴」の記述があり、明治中期という時代に、しかも外国人が書いていたことに驚きました。

 ここでは、大正15年と古いのですが、『知られぬ日本の面影 上』から抜粋してみました。

 出雲では、他国よりも狐の像の数が多いように思われる。
(中略)
 殆どあらゆる稲荷の背後に、社祠の壁の地上一、二尺の邊(あたり)に、直径約八寸の圓(まる)い穴が見出される。往々それは引き板によって、自在に閉められるやうに作ってある。この圓孔は狐の穴で、その中を覗いて見ると、恐らくは豆腐叉は狐が好むと想像される、他の食物が献げてあるだらう。
 また穴の下叉は附近に突出せる板の上に、或は穴の縁に、多分米粒が撒き散らしてあるだらう。して、百姓が穴の前で手を拍って、小さな祈を逑べ、その米を一粒乃至(ないし)二粒嚥(の)み込むのを見受けることがある。その米粒が病気を癒やし、又は豫防(予防)すると信じてゐるからだ。
 かやうな穴を備へてある狐は、見えない狐、幻ろしの狐で、百姓はお狐樣とあがめて呼んでゐる。若しその狐が自からを人の目に現すときには、その色は雪の如く白いと云はれてゐる。
(中略)
 しかし是等の奇異なる信仰は、急速に滅びつつある。年々稲荷の社祠は、ますます頽廃(たいはい)していって、再建されるのは決してない。
落合貞三郎著『小泉八雲全集第三巻』

 ネットで検索しても、私が言う「狐穴」は、二三を除きヒットしません。そのため、明治というプレミアムが付いた「狐の穴」を、改めて彼の“日本人の目”を評価するとともに、私の「狐穴とは」の説明に代えさせていただきました。

出雲の狐穴

 平成29年6月に、島根県の諏訪神社を再巡拝しました。その境内にある稲荷社を確認したところ、すべてにキツネ穴がありました。内径は15cm前後で、穴自体を参拝の対象としているものも見られました。

御射山稲荷神社

 松江市ではありませんが、出雲市斐川町鎮座の佐支多神社境内に「御射山稲荷神社」があります。

御射山稲荷神社

 諏訪神社巡拝の折に撮ったものなので、前後の写真を並べるだけにしました。

各地の狐穴


雲南市 鎌倉神社「稲荷社」

雲南市仁和寺 諏訪神社「稲荷社」

出雲市斐川町 御名方神社「稲荷社」

奥出雲町横田 諏訪神社摂社「稲荷社」

出雲市斐川町 波迦神社「稲荷社」(19.5.4)

 現在の稲荷社は、旧村の鎮守社に移転したものしか存在しないと思われます。また、小泉八雲が目撃して残した記述から、まだ江戸時代が色濃く残る明治の参拝方法を窺い知ることができました。