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山神社「神楽奉納」 山梨県韮崎市穂坂町 25.4.17

 山梨県の神社を巡拝すると、多くの神社に神楽殿が“併設”されていることに気が付きます。いずれも本格的な造りですから、旧村(江戸時代の◯◯村)毎に神楽の奉納が盛んに行われていたことが想像できます。また、天井に注連や紙飾りが残っていますから、それが今も継続して行われていることがわかります。
 諏訪では、旧村にある鎮守社に(芝居の)舞台はあっても神楽殿は見かけません。「昭和の初め頃までは湯神楽が行われた」という話はありますが、いわゆる奉納神楽というものが行われたとは聞いていません。これは、風土の違いというより“諏訪では御柱がすべて”ということにあるのでしょう。

 ネット上の写真では見ていた山梨の神楽を、一度は自分の目で確認しなければと調べてみました。4月は春の例祭シーズンでもあるので、直近の17日が例祭という韮崎市上今井鎮座の「山神社」に目を付けました。

上今井「山神社の御腰掛」
例祭日の山神社「お腰掛」

 神社下の石段前に立つと、早くも頭上に笛太鼓が聞こえます。開始時間が不明のまま「とにかく行ってみよう」という今日の行動と乏しい知識ですが「神楽は延々と続く」ことがわかっていますから、焦りはありません。長く急な石段を登り切ると、すでに舞は始まっていました。
 私は部外者という立場なので、まず受付で挨拶し、教えられた氏子総代に撮影の許可をもらいました。何しろ、デジカメとビデオカメラを持つのは私だけなので、嫌でも自意識が過剰になります。目立たないように境内の隅に三脚をセットしました。

 役員らしき女性から甘酒の差し入れがありました。飲みながら境内を見渡すと、すべての旗と幟が「山神社」ではなく「大山祇神社」になっています。私の服装から一目でヨソ者とわかるのでしょう。近づいてきた「やまなしフィルム・コミッション」を名乗る人から「山神社は各地にあって紛らわしいから」と説明がありました。さらに、「この神社は電柱がないので、映画やテレビのロケで使われる」と二本の実例を挙げてくれました。しかし、カタカナの名称なので、まったく思い当たるものがありません。
 この方は「お昼を食べていけ」としきりに誘ってくれましたが、受付で「寸志を納めると、弁当とモチ(その他)がもらえる」と聞いていたので、財布を持たない私はその言葉に甘えることができません。“御柱の接待”のように「誰彼構わず上がり込んで飲食の提供を受ける」風習がここにもあるのかわからないので、遠慮することにしました。

山神社の神楽

上今井山神社の神楽奉納

 写真のシーンを、「粢軍(もちいくさ)」の名残と思われる投げ餅に当てはめてみました。ただし、お菓子は竿のヒモに付けて子供達に取らせます。現在は演目の順番を替えて、学校の都合(見学と写生の時間)に合わせているそうです。出雲の神楽にも、コミカルな演技で観客を沸かせる鯛を釣る舞があったのを思い出しました。
 神楽は決められたプログラムに沿って奉納されますが、地元民が対象とあって演目の紹介はありません。私も全く知識がないので、以前出雲で見た「塩祓(しおばらい)・八街(やちまた)」の名前が浮かぶだけです。演目が不明のまま(わけがわからないまま)、代表する舞を並べてみました。

上今井山神社神楽奉納

 面を付けているので顔が見えません。時々見せる足腰のふらつきからお年寄りを想像してしまいました。平日のお祭りなので、若者(後継者)はいないのかもしれません。

山神社「神楽奉納」 祭壇には大きな鏡餅や最後に撒かれる縁起物の矢が置かれています。左右の床にあるゴザの包みは餅のようです。早くも帰る人は、これを小脇に抱えていました。
 11時に花火が轟きました。神楽は早々から始まっていますから、神事の開始ということでしょう。撮影が気になってお腰掛前での神事の見学は諦めました。ところが、神楽殿に(も)神職と氏子代表が上がったことから、ここで(も)神事を行うことがわかりました。もしかしたら、お腰掛前での神事はなかったのかもしれません。
 午前の部が終わりました。3時まで神楽を舞うそうですが、先ほどからビデオのバッテリーは残量小を表示しています。すでに昼食を食べ始めている地元の人から孤立している自分ですから、これを機会に下山して、韮崎市図書館へ寄ることにしました。


‖サイト内リンク‖ 「上今井山神社(お腰掛)参拝記」