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三峯神社のお仮屋と御眷属拝借之牘

「御眷属拝借之牘」乙事の三峯神社 富士見町の乙事(おっこと)に、諏訪神社下社跡があります。下社は同じ乙事の諏訪神社と合併して残っていませんが、境内にはまだ幾つかの神社が見られます。
 その一つである三峯神社は、覆屋のみで祠はありません。ただ、この場所には馴染まない磐座が安置してあります。

御眷属拝借之牘 奥の梁には「御眷属拝借之牘(ごけんぞくはいしゃくのふだ)」()が取り付けてあります。実はこれが御神体なので磐座は必要ないのですが、本来の祭祀方が忘れられたために、何もないのも淋しいということで石を置いてしまったのでしょう。

 参考までに、覆屋の横にある乙事区が設置した案内板「三峯神社」から、その一部を転載しました。

 乙事区でも古くから三峯講が起こり、南沢東尾根の一角に講地を設け、片屋根の小さい仮屋を建て屋根と周りを青カヤで囲んだ社(やしろ)に、代参人が秩父三峯神社へ詣で、大口真神の火災盗難除けのお札を拝し、仮屋の社に納め信心を行ったと言い伝えられている。

 ここには、“忘れられたこと”が詳しく書いてあります。しかし、毎年作り替える仮屋を大きな覆屋風に建ててしまったことで、誰かの思い付きで、絶体にやってはいけない「石の御神体」を据えてしまったのでしょう。

今橋の三峯社  乙事では言い伝えになってしまった「青カヤで囲んだ三峯社」ですが、諏訪市神宮寺では現在もこの姿で建て替えています。参考として挙げてみました。


お仮屋と御眷属拝借

 秩父にある総本社『三峯神社』のHPから、大ざっぱな知識として、関連する箇所を抜粋しました。

お仮屋
 三峯神社の御眷属、大口真神(お使い神、お犬さま)のお宮です。御眷属は深い山中に身をひそめられている為にここを仮のお宮としてお祭りを行うので「お仮屋」と呼んでいます。
御眷属拝借
 古くからこの御眷属様を御神礼として一年間拝借し、地域の、或いは一家のご守護を祈る事が行われています。これを御眷属拝借と呼び、火盗除、病気除、諸難除けの霊験あらたかです。

御眷属拝借心得書

 富士見町図書館で目にした、佐久吉文著『乙事の信心山岳信仰』には、「御眷属勧請には次の注意書きが付けられていた」として以下の文が載っていました。内容から、「注意書き」が『御眷属拝借心得書(御眷属拝借指南)』であることがわかります。

一、ご眷属お迎えなされ候節、道中忌服(きふく)これなき家にお泊なさるべく候。

一、ご在所へお帰村なされ候わば、即時清浄の刻火(※別火?)にてお炊き上げなさるべき候。格別深夜に及びお帰村なされ候わば、洗米にてもお供えなさるべき候。

一、お礼勧請はご在所において鎮守の社又は何れにても至極清浄の地にお宮あるいは茅藁の類にて奉殿おしつらえ成され、ご信心にお祭りなさるべく候。尤(もっと)も穢どく(毒)の者、女人の立ち寄り候事堅く禁断なさるべく候。

一、稲荷社近くにお勧請決してご無用なさるべく候。

一、お礼ご返済の儀、拝借成され候月日まではお差し置きよかるべく候。右の月日相後(遅)れ申さざるよう、なお返進(※返上)なさるべく候。

右の通りお慎みご信心専一にご座候。この上、口上を以てお伝授申すべく候。以上。
  武州三峰山札所

 ここに「茅・藁の類にて奉殿お設え」と書いてあります。また、稲荷社の眷属「狐」と三峯社の眷属「山犬(狼)」の相性が悪いのが読み取れますが、それは置いて、再び『乙事の信心 山岳信仰』からの引用です。

 〔乙事の三峯神社〕の項には、「九十歳になる古老の話によると」として、以下の文が載っています。

 三峯神社の場所は略図に示した所で三峯の森と呼び、杉の大木が茂りその山中の道端近く丸太木を柱にした一坪ほどの片屋根造りを建て、屋根は青カヤで葺き建物の回りをカヤで囲った社(屋代)があった。その中に二十センチほどの厚さに束ねたお札が納められていたという。尚、御神体となるような祠や碑はなかったと話してくれた。(抜粋)

 これで、富士見の三峯神社も古態ではカヤで囲われた「お仮屋」で、中に「御眷属拝借之牘」が納められていたことが確定しました。案内板の通りでした。

 参考として、明治39年出版の石倉重継著『三峯山誌』にある〔御眷属拝借心得書〕の一部を挙げてみました。国立国会図書館『近代デジタルライブラリー』から転載したものです。

一、御在所へ御帰着被成(なされ)候はゝ(そうらわば)、早速假宮(かりみや)(清浄なる地にて御自分持の山林又は庭中小高き所或は鎮守の境内等へ木材、茅、藁の類にて御造営) へ御勧請なされ、注連縄を張り御酒御饌(みきごせん)(是は洗米にてよろし)を土器(かわらけ)に盛り御献備(ごけんび)、不潔の者立寄(たちよら)せぬよう御注意なされ、御祭り御信心の誠を被致可(いたさるべき)事。

武蔵国秩父郡大瀧村大字三峯 三峯神社々務所 

 ここでは「社務所」になっていますが、お仮屋は「木・茅・藁」で造営することを指導しています。

(藁)のお仮屋・板のお仮屋・杉葉のお仮屋

 御眷属拝借とお仮屋の関係がわかったので、改めて各地の三峯社を振り返ってみました。圧倒的に多いのが茅やワラ製で、次いで板となります。

今橋の三峯社 前出の三峯社です。その年の担当者(の思い入れ)や茅の集まり具合で形状が異なっています。


上金子の三峯社 諏訪市にある木造の三峯社で、前には御簾(みす)が下がっています。御眷属拝借之牘はなく、通常の幣帛が安置してありました。早くに三峯講が解散したらしく、「かっては藁屋根だった」と伝えられているだけです。


坂室の三峯社 茅野市や原村には、石祠や木祠を茅で覆ったものがあります。本体を耐久性のあるものにし、お仮屋を覆屋の形で存続させているのでしょう。もちろん、中に御眷属拝借之牘が納めてあります。


熊井の三峯社  諏訪圏外では、塩尻市の三峯社は杉葉で囲い、前面にハシゴ状のスダレが掛かっていました。


松本市の三峯社  松本市に多い、一本足の三峯社です。この形状も、徐々に(杉葉で覆わない)木祠に替わっています。


小沢の三峯社 伊那市では杉葉で覆っていますが、竹を割ったスダレがあるのが特徴です。


鹿教湯温泉の三峯社  上田市の三峯社です。総茅囲いと言えそうな作りでした。