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小野神社の御射山社 塩尻市北小野三才山 27.8.26

 ネットの情報で、小野神社も御射山祭が行われていることを知りました。しかし、ネット地図の幾つかを調べてみましたが、ズームを最大にしても「御射山社」が表示しません。

 御射山社が見つからなかった理由は、現地へ行ってわかりました。


矢彦神社矢彦神社−御射山社/小野神社−御射山社小野神社

 実は、小野神社の御射山は、霧訪山(きりとうやま)の麓にあると思い込んでいました。その先入観から国道の左(西)側を探していたので、見つからなかったのは当然のことでした。
 これを見ると、小野神社−御射山社間が1.46km・矢彦神社−御射山社間が1.33kmで、ほぼ等距離です。ところが、方角は正反対ですから、両社が意識して御射山の地を“設定”したことは間違いありません。端的に言うと“小野神社と矢彦神社は仲が悪かった”そうですから、この地図を見ても、何か納得してしまいます。

 矢彦神社の御射山祭を見学した帰り、最近の“風潮”で例祭日が土日に移行したケースが多いので、今日が小野神社の御射山祭である可能性を思いました。

 小野神社の駐車場から境内に入ると、社務所の前辺りに何かを燃やす煙が漂っています。境内には軽トラを含む何台かの車が駐まっていますから、境内の清掃作業とわかりました。
 タイミングを見計らって一人のお年寄りに「御射山祭はいつありますか」と尋ねると、「26日の夜」と言います。今日は23日ですから取りあえずその場所をということで再度尋ねると、手持ちの紙片に御射山社までの略図を書いてくれました。現地の詳細がわからないので徒歩が無難と思いましたが、昼食を食べ損ねて空腹状態だったので、結局は車に乗り込みました。
 駐在所が見えたら「右へ」と聞いていましたが、その道は民家の生垣が車の埃を払ってくれるような狭い道です。後悔しましたが、もう前進するしかありません。踏切を渡るとやや広くなってホッとしましたが、狭い道であることは変わりません。

御射山
中央の森が御射山(三才山)

御射山社

 話にあった「水を作る会社」は、ミネラルウォーターを製造する「信州エコプロダクツ」でした。御射山社とはまったく関係ありませんが、ランドマークとしては十分な存在価値があります(上写真では左端の建物)。ここから道が広くなったので、日曜ということもあって遠慮なくその前に路駐し、歩いて御射山社へ向かいました。
 教えられた通りにその会社の敷地を回り込むと、鳥居が見えました。その鳥居から下方へ延びる道を見て、それが昔からの参道とわかりました。

御射山
小野神社の杜(一部)を遠望(御射山社へは左の道)

 なかなか風情がある眺めです。御射山社をここに造ったのも頷けます。ところが、「…」は後述とします。
 鳥居の脇にある標柱に、「御射山神社」の案内が書かれていました。

 小野神社の境外社で虚空蔵さまともいわれている。昔時建御名方命がこの地で御狩の野辺を分けられたと伝えられている。祭典は八月二十六日の夜で、すすきの穂に神前の甘酒をつけ持ち帰れば、腹を病まないといわれている。

御射山社 鳥居をくぐり、貯水池を脇に見て林の中に入りました。平地が終わって坂道が始まった時点では、この暑さなので、どこまで登るのか不安でした。しかし、それを思う間もなく、社殿が見えてきました。


御射山社「覆屋」 「御射山神社」の社額を確認してから参拝しました。社殿は覆屋兼拝殿と思われますが、内部はまったく見えません。
 左のテントに「信濃国二之宮小野神社」とあり、諸々の物品が置かれています。御射山祭での接待用に設営したのは間違いありませんから、後は祭日を待つだけと見ました。諏訪大社の御射山祭と同じで、小野神社の御射山も年一回だけの賑わいと想像しでみました。

御射山社 翌年の8月26日に行われた穂屋祭で、本殿を拝観できました。まだ神事前なので、注連縄などの飾りはありません。



憑の里

 前出の鳥居を、ズズーッと後退した場所で撮ってみました。北小野上水道の貯水池があり、事業所があり、それらを傾いたフェンスが囲っています。後で知ったのですが、背後には「信濃変電所」があり、大きな鉄塔と広大な変電施設があります。御射山の神は、この変わりようにさぞかし驚いていることでしょう。

尾花社

 ここへ来るまでに尾花社に気が付かなかったので、車に戻らず、所々に提灯が設置された本来の参道を下ってみました。

尾花社 先ほど通った道に合流しました。車へ戻るということもありますが、尾花社はこれより上にあると判断して上り直すと、先ほどは仰いでいた道が、今度は右側の休耕田や畑の中に見下ろせます。
 山側を眺めながら進むと、その名が入った提灯が見えました。尾花社です。
 念のために石の祠を観察しましたが、銘はなく社名も建立年も不明でした。「尾花」と言えば「ススキ」です。御射山祭に使われるススキをこの辺りで調達したと考えましたが、後の調べで、その通りとなりました。

尾花石 大きさが比較できるように下部だけを撮った標柱に〔伝説 尾花石〕として「この石は、安産の守り神として最近まで妊婦が生卵を供え、安産を祈願したと伝えられる」と説明があります。
 さっそく「石はどこだ」と見回しますが、それらしきモノは…。ふと視線を落とすと、目の前に納得の石がありました。何のことはない、ほぼ埋もれた“割れ目石”がそこだけを露出させていました。
 しかし、男では推し測ることができない女性の出産です。命を落とす可能性もある女性にとっては、“頼める”ものは何でもと、このような石でも祈願の対象になったのでしょう。

 カーナビで確認すると、上に続く道は、変電所から「勝弦峠」への道に合流しています。帰りは、その快適な道で戻ると、小野神社の前へ出ました。

小野神社の御射山祭について

 この地の御射山社は意外と知られていないようなので、参考になるように幾つかの資料を探してみました。
 北小野地区誌編纂会『北小野地区誌』に載る〔小野神社〕から、「祭事・神事」の一部を転載しました。

風神祭  小祭  八月二六日
 昔時は五穀の稔りに入る前に、御射山に穂屋の仮屋を建て、風水害の来襲がないように祈念して神事を実施した。現在ではこの神事は小野神社社殿で行い、御射山祭は現地へ出向いて実施している。
御射山祭・尾花社祭  八月二六日
 この社の神事は御狩神事であって、八月二七日午前一時神官村吏氏子総代供奉して神輿を御射山の穂屋の仮屋に遷座し、神事を奉行し、終って本宮に還御した。こうした習わしも近ごろでは二六日夕刻からの祭事になり、様式も多少変っている。以前はこの祭の参詣人は数多く、二六日夜半から二七日早朝神事終了まで引き続いて列を作り、出店もあって塩尻方面からの参詣人も加わり賑やかであった。戦後一時参詣人の数も減少したが、最近は復活して二六日夕刻から夜半まで、引きも切らない盛況である。近くにある尾花社の祭事も同日行われている。
 その昔、御命が御狩の折、野辺を分ける人々尾花の穂を刈って、神前の白酒に浸してそれを持ち帰り家の門口にさしておげば、悪病が流行してもこれを免がれるという故事は、今もなお受け継がれている。また神仏混淆時代に虚空蔵菩薩を合祀されたので、人々はこの社を虚空蔵様と呼んでいる。
 以前には当神社の神事終了後、お庭草の神事と称して氏子が小野神社に集まり、神苑の除草清掃の奉仕をし、御神酒をいただいて帰る風習があったが、今日では行われていない。

 同章の「四 境外社」から抜粋しました。

◯御射山社  祭神 健御名方命
 小野神社本宮より寅の方十五丁二十間、この地内東西五十間南北二十間『信府統記』神社の項記、当社地には古木茂り、昔時御命がこの地御射山で御狩の野辺を分けられた所と伝えられている。
 『信府統記』第三十名所記には神事及古例の古歌に次のように記されている。
信濃なるほや(穂屋)のすすきもうちなびき
御狩の野辺を分けるもろ人 (宗良親王)
 今まで建っていた社殿は腐朽が甚だしく雨漏りがしていたが、熊井善弥の篤志寄進によって、壱百万円を費して新社殿が銅板ぶきで、昭和五四年八月当社例祭に合わせて建立された。(中略)
 なお参道の右側に御手洗池があって、参詣人はここで手を洗い口を清めて、神前に詣でたものであった。また干魃年の雨乞いのため、小野神社社宝の梵鐘や唐猫をこの池に投入して祈願したこともあった。また願かけのために生きた鰻をこの池に放流したものであったが、その後北小野上水道の水源地となってコンクリートで蓋がかぶせられ、御手洗池の姿は全く見られなくなり、現在は塩嶺トンネルの掘削により地下湧水は全く枯渇してしまった。
◯尾花社  祭神 草奈井姫命
 当社は字御射山にあって御射山社と相対しており旧社である。社地内には松や栗の古木があり、また尾花石といわれる巨石もあって、小野の七石の一つになっている。
 祭日は御射山社と同じ日で、古くから尾花を奉献するのが式例であった。これは昔健御名方命が狩をなされた時、御射山に穂屋の仮屋(狩屋)を造るに当り、この地の尾花を刈りとって献じて葺いたという由緒によるものであろう。また古くから東筑の南の端の北小野と北の端の坂井村へ建てられたものであり、正徳年間(1711−1716)に松本城主の水野家で営繕したといわれている。以前安産祈願や婦人病平癒祈願などされたこともあった。

 尾花社の祭神については、「ススキ→草」で、八百万の神から草奈井姫命を探し出したような匂いも…。

 塩尻市誌編纂委員会編『塩尻市誌 第三巻』から〔小野神社の神祭事〕を転載しました。

 御射山祭りは、途中の尾花社付近の尾花の白穂を採り、神前の甘酒に浸し、笹葉に包んで持ち帰り、門口につるすと一年中腹を病まないという。

 御射山社の例祭「穂屋祭」については、以下のリンクで御覧ください。


‖サイト内リンク‖ 小野神社の穂屋祭(御射山祭)