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小野神社「穂屋祭」 塩尻市北小野 28.8.28

 去年知った小野神社の御射山祭を見学しました。祭日は8月26日なので、今年は金曜日となりました。

風神祭

 同日には、小野神社の拝殿で「風神祭」があります。ネットの情報では4時とありますが、勝手がわからないので十分な余裕を見込みました。その結果、かなり(ウンザリするほど)待つことになりましたが、3時37分に始まったので、結果としては「これでよかった」ことになりました。氏子が大きく関与する神事では、定刻より早く開始することはよくあります。

小野神社「風神祭」
玉串奉奠

 風神祭は、氏子総代とその役員のみの参集でした。見学者は私一人だけですから、何かここに居てはいけないような後ろめたさを感じてしまいました。
 例祭では小祭の部類に入るのでしょう。(宮司ではなく)祢宜が、太鼓の合図を始め神事の全てを執り行いました。祭式次第も一般的なもので、下げた御神酒を土器(かわらけ)で頂く直会で終わるまで約15分の神事でした。この後、耳に入った会話で、壇上の全員が御射山社へ向かうことがわかりました。

小野神社「風神祭」 祝詞の内容がわかれば、神事かどのようなものか推定できます。しかし、よく聞き取れなかったので、ここで、喉から手が出る前に呑み込んでいたボイスレコーダーが目の前にチラツキました。しかし、あれば便利ですが、なくてもいいものです。このサイトでは、本当は便利以上の必需品かもしれませんが、なかなか踏ん切りがつきません。使い勝手がわるくても、手持ちのビデオやスマホでも代用できるからです。

穂屋祭

 御射山祭ではなく「穂屋祭」が正式というので、以降は穂屋祭で進めます。この神事は6時ですが、ローカル時間が予想されるので、風神祭を見学した足でそのまま御射山社へ向かいました。
 こちらも初めての見学なので、要領がわかりません。かなり待ってから現れた役員に挨拶し、顔を覚えてもらいました(といっても、見学者は私だけでしたが)。「尾花社祭は」と訊くと、神主が(一人で)立ち寄って行っていると言います。もう間に合いませんから諦めました。

小野御射山社「穂屋祭の神事」 こちらの神事も4時40分には始まり、55分には終了しました。全員がそろっているので、定刻まで待つ必要はないということでしょう。もしかしたら、本などにある「6時」は、参拝の受け入れ開始の時間なのかもしれません。ハッピの背にあるのは小野神社の神紋「沢瀉(おもだか)」ですが、松本藩主家「水野氏」の家紋でもあります。

小野御射山社拝殿 始めはポツポツ、その後は三々五々という参拝者です。拝殿からは登ってくるのが見下ろせるので、神職はそのタイミングに合わせて太鼓を打ち続けます。
 今日は平日ということもあって、圧倒的に多いのがお年寄りでした。中には、「老人クラブで誘い合って」という団体もいました。

ススキの御守り 参拝者は太鼓の音に包まれて、まず賽銭を投げ入れて拝礼します。その後に、持参または社前に用意されたススキの穂を甘酒に浸して御守りを作ります。
 その中には、「おじいさんが作ってくれたが、足が弱ったので私だけ来た」の声も聞かれました。

ススキのお守り まず、穂先をササの葉の根元の方から交互に包み(写真右側)、先端を折り込んで(写真左側)輪ゴムで縛ると「御守り」の完成です(下写真)。
 甘酒が多いと染み出しますが、皆さんしっかりと浸していました。事前の知識で「翌朝、ササを開いて甘酒を舐めると腹を痛めない」とあったので、それも納得できました。

ススキのお守り 多くが顔見知りと見えて、振る舞い甘酒を頂きながら役員と和やかな挨拶が続きます。それが一段落すると、「御射山神社 防疫・腹痛 守護」とある御札を頂き、「足元に気をつけて」の声に送られて下って行きました。

小野御射山社「ススキのお守り」 私の好物なので横目で睨んでいた甘酒ですが、意を決してその一杯を手にしたことで、帰るタイミングがつかめました。
 関係者に礼を言い、登ってくる参拝者とすれ違いながら御射山社を背にしました。
 その時に振り返って撮ったのが、この写真です。投光器がまぶしくて風情が損なわれた写真ですが、林間のすべる坂道なので、やむを得ません。

小野穂屋祭 下りきって林を抜けると、とっくに暮れたと思っていた穂屋祭の田園風景がまだありました。
 私は6時40分頃に帰ったのでその後の状況が不確かですが、数え2才児の親子は一組だけでした。平日ということもありますが、御射山社までの道は車のすれ違いが困難なので、車を日常的に使う若い親では敬遠してしまうのでしょう。

 ネットで仕入れた、福田アジオ編『同族の祭りとしての松原諏方神社御射山祭り』の〔長野県各地の御射山祭り〕ですが、原典の「塩尻史談会の文書」を参照できないので、そのまま抜粋して転載しました。一部改行して読みやすくしてあります。

researchmap.jp/?action=cv_download_main&upload_id=111989
…文献によるとかつては穂屋の仮屋を作り、そこへ神輿を渡御したというが、現在では行われていないという(塩尻史談会1988) 。
 当日は16:00ころから風神祭が小野神社で行われ、その後18:00頃から御射山祭りとなる。宮司と氏子総代が御射山神社で甘酒の樽を用意して待っており、参拝者が各々尾花社の付近で取った白い穂のススキと笹を持ってやって来る。持ってきたススキの穂を2、3本ずつ神前の甘酒に浸し、それを笹に包んで持ち帰る。赤い穂は赤痢になるから使わないという。
 こうして持ち帰ったものを家の玄関に1年間挿しておくと、疫病除けになる。あるいは腹を病まないといわれている。
 参拝者は御射山神社へ行く途中に尾花社にも参拝するのが慣わしであり、また御射山神社では御神酒や甘酒が振る舞われる。しかし、かつては甘酒が振る舞われることはなく、翌朝家族でススキに付いた甘酒を祇めたといい…

 現在の尾花社周辺では、自然環境が変化してススキ穂の採取は難しいと聞きました。

 尾花社・御射山社の詳細については、以下のリンクで御覧ください。


‖サイト内リンク‖ 小野神社の御射山社