諏訪大社と諏訪神社トップ / 各地の神社メニュー /

大高日神社 下伊那郡松川町上片桐

大高日神社参拝 21.4.12

 「諏訪形神社はどこだ」と上片桐駅前でウロウロしていたら、近くで花火の音が聞こえました。前の高台が神社らしいと検討をつけていたので、今日の“日柄”から「例祭」に間違いないと早速駆け付けました。

大高日神社 次の花火は「宝投げ」の合図でした。目の前で老若男女の大騒ぎ・大混乱が始まりましたが、これもウロウロしているうちに終わってしまいました。
 氏子の取り分が減らなくてよかったとは負け惜しみで、やはり損した気分です。たかが餅一枚ですが、自分の消極さを悔いることになりました。

大高日神社 4月上旬の日曜日は、各地でお祭りがあります。今日は、結果としてですが、三社目の例祭日に立ち会うことができました。
 神社巡りをする者にとって、この日は神様からの“贈り物”があります。それは、普段は閉じられている拝殿の“開放”です。
 (この時点では諏訪形神社と思い込んでいた)大高日神社では、御扉はすでに閉じられていましたが、フルオープンの拝殿正面から(一部ですが)本殿を撮ることができました。3部屋の相殿ですから三柱合祀とわかりますが、祭神名はわかりません。

大高日神社拝殿 拝殿の横に回りますが、本殿の前部がすっぽり覆われているので彫刻などは見ることはできませんでした。
 社務所内の机には折り詰めなどが並べられ、直会の準備ができています。役員はそれを前にしての「お預け」ですから、片付けに一層の拍車が掛かっているように見えます。
 その中で一番閑そうな一人を指名して、「御射山神社」の場所を尋ねました。見かけだけではなく実際に手空きのようで、境内前の道まで出て、「御柱がある」などと詳しい話も聞くことができました。
 ところが、何か話が噛み合いません。確認すると、ここは「諏訪形神社」ではなく「大高日神社」でした。慌てて駆け付けたので、社標や鳥居の掲額を確認しなかったのが思い込みの原因でした。住所も、三社とも「上片桐」ですから無理もありません。諏訪形神社は広域農道沿い、と改めて教えてもらいました。

大高日神社

上片桐村誌編纂委員会『上片桐村誌』〔神社・寺院〕から抜粋しました。

大高日神社 本村清泉地に鎮座し、片桐町・上片桐の鎮守であったが、現今は上町・中荒町・町谷・大沢の産土神である。社伝によれば承和三年諏訪神社より建御名方命の神霊を迎え、のち誉田別尊・白山大神を合祀して大宮三社と称し、爾後幾星霜を経て、船山城主片桐源八郎為基神殿を修理して、武運長久の祈願所とし、里人とともに祭事を勤め、応高干神社と称された。往時は神社の境内に接した袮宜坂という処に神官宮沢播磨守が住して祭事を司り、そののち片桐町今の滝泉寺屋敷へ移った。(中略)
 本殿間口二間一尺六寸奥行二間は天和元年(1861)の造立であり、享保三年建築の拝殿は明治四年八月火災のため焼失し、現在の拝殿・宝蔵・舞台等は昭和十一年の建築である。

 ということで、祭神三柱がわかりました。