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大山田神社例祭「ギョウドと獅子舞」 下伊那郡下條村 24.10.8

 月曜日の朝、3連休が「体育の日」絡みであることに気が付きました。10月10日が「第二月曜日」に移行してから(調べてわかった)13回目になりますから、未だに馴染んでいないということになります。それは別として、一昨年の話になりますが、大山田神社の例祭が体育の日であることを教えられていました。
 「例祭日なら覆屋の扉が開く→重要文化財の写真が撮れる」ということですが、念のために調べると、ネット上では相変わらず(昨日の)第二日曜日になっています。結果的には身にならなかった情報を得るためにパソコンを起動したことになりますが、それが祟って、すでに高速道路の通勤割引が使えない時間帯になっていました。

大山田神社例祭

大山田神社「献饌」 氏子の一人から「獅子舞が2時・神事が3時」と聞いていたので、2時になって宮司と参列者が拝殿に上がっても、壇上で獅子舞を見学するものとばかり思っていました。
 一向に動きが見られない獅子を気にしながら何気なく拝殿に目をやると、すでに神事は始まっています。あわててその前に移動してカメラを構えましたが、三社ともに献饌を行ったので、八郎明神社分をカメラに収めることができました。今となっては、言い違い・聞き違いを正すことは無意味です。

大山田神社「例祭」 参列者が椅子席で宮司が床に座るという神事にはいささかの違和感がありましたが、これが大山田神社の例祭なのでしょう。この写真ではわかりませんが、本殿の前には手筒花火が一本奉納されています。話を聞くと夕方6時半に点火するということでした。
 立ち上る煙に気が付いたのでその源を見ると、…蚊取り線香でした。私はといえば、すでに両手首を刺されてボリボリ掻いていましたから、この例祭には防蚊対策が必要と学習しました。

「ギョウドと獅子舞」

 秋の例祭には、「ギョウド獅子舞」が行われるのは承知していました。ただし、どのような手順でどのように行うのかは無知そのものでした。そのために最適な撮影場所もわからず、今となっては邪魔になった三脚を手にウロウロしていました。

大山田神社例祭「獅子舞」

 獅子舞は、とにかく拝殿の柱が邪魔でした。さりとて“下の人”のように近寄っては、獅子とヘエオイの双方を撮ることができません。
 さらに、スチールとビデオの両方を欲張ったために、《虻蜂取らず・二兎を追う者は一兎をも得ず》とはよく言ったもので、何を撮るべきかわからないこともあってすべてが中途半端になってしまいました。
 3時から始まった「ギョウドと獅子舞」は、ビデオを見てから、以下に続く説明を読んでください。


 「ギョウド獅子舞」は下條村の無形民俗文化財ですが、最近になって指定されたらしく『下條村誌』には載っていません。ネットで得られた複数の情報を元にまとめましたが、正確ではないかもしれません。

ギョウド 7世紀ころ中国から日本に伝えられた「技楽の行道」を表す古い言葉で、その芸能の形態を伝える。今からおよそ350年ほど昔から伝えられるもので、お獅子を先頭に神社の境内を清めて歩く神事。

 これを読んで、ギョウドと獅子舞が別物であることを知りました。確かに、ヘエオイが面を付け、神輿の後に続く二名も紅白の面を付けた榊を捧持していますから「技楽を伝える」となるのでしょう。

獅子舞 拝殿で行われる獅子舞は、須佐男命(すさのおのみこと)がヤマタノオロチを退治した場面を祭神に奉納するものといわれ、別名「蛇踊り」といわれる。奇妙な面をつけた神主「へエオイ」と獅子の掛け合いが有名。

 獅子が拝殿に“寝そべっている”時間が長いので、派手な動きはありません。「何だ、これは」がその場で見た印象でしたが、今考えると、「退治した」と過去形になっている通り瀕死の状態を演じていたと思われます。幣帛を背負う「幣負(へいおい)」が語源と(私は)理解した「へエオイ」が獅子の周りを歩いてお尻や胴体を扇子で叩く(刀で切る)仕種をすると、ピクピクと動いたり(ケイレンしたり)腰を大きく持ち上げ(苦痛に身をよじり)ますから、頭を地に伏したままの状態でもまだ生きていることになります。出雲の神楽のように首を切り落とせば即死となりますが、獅子舞ではそれができないということかもしれません。

 以上は、あくまで“見た目”の解説なので見当違いの可能性があります。私には理解しがたい獅子舞でしたが、氏子の人々には全てがわかっているのでしょう。


‖サイト内リンク‖ 『大山田神社』で本殿の全景が見られます