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伊奈西波岐神社(鷺宮) 島根県出雲市大社町鷺浦 29.7.2

稲背脛命

 長野県諏訪市に、古名が鷺宮という先宮(さきのみや)神社が鎮座しています。祭神は「高光姫命(高照姫命) 又云稲背脛命(いなせはぎのみこと)」ということですが、稲背脛命は古記録には見られません。

 「又云」は諏訪神社下社側の認識(設定)と理解していますが、私は、その証しを示すことはできません。そこで、稲背脛命を祀る「伊奈西波岐神社(いなせはぎじんじゃ)を参拝すれば何かのヒントが得られるのではないか」と出雲行きを決行しました。

伊奈西波岐神社が鎮座する鷺浦へ 29.6.5

 宿泊地にした松江自動車道「加茂岩倉PA」で、プリセットしてあった伊奈西波岐神社を行き先にすると、海沿いの道を推薦しまず。事前の試走(ストリートビュー)で狭隘(きょうあい)な道が多いと理解していたので、出雲大社を「経由地」にしました。同じ県道23号でも、日御碕方面から入るほうが快適と評価にあったからです。

 ところが、「鷺浦」の標識を確認しましたが、なぜか出雲大社の境内に向かいます。「出雲国造 千家国造館」前を右折し、「出雲大社」の社号標を前にすると、ナビは当然のように左折を指示します。
 すでに、左が神楽殿で右が本殿ですから、まさに出雲大社の中枢部です。車両進入禁止の標識を見落としたのかと冷や汗ものでしたが、脇を歩く神職の咎(とが)めはありません。
 戻る決断ができないまま、1.5車線の山道に入りました。今日は日曜日・まだ7時前という現況に、「この道を使う人などいるもんか」と覚悟を決めました。見通せないカーブの先に頭を左右に伸ばしながら進むと、対向車に行き会うことなく、鷺浦はすぐそこという日御碕方面から来る県道に合流しました。標識は、(当然ながら)正しいものでした。

伊奈西波岐神社参拝

伊奈西波岐神社

 が、本殿の千木ですから、参道がジグザグであることがわかります。右が川に沿う県道なので地形上の制約と思えますが、何か面白い理由もありそうです。

伊奈西波岐神社本殿 瑞籬の間から見上げた本殿です。正しく大社造なので、「ここは出雲」という実感があります。
 社殿が比較的新しいので、調べると、明治14年(1881)の建造でした。
 今回は、冒頭に挙げた先宮神社(鷺宮)に繋がるものを探そうという参拝ですが、社殿や石造物には参考となるものを見つけられません。後ろ髪を引かれながら退出しました。

鷺浦と伊奈西波岐神社

 鷺浦港内にある灯台から伊奈西波岐神社を遠望しましたが、木々の中に埋没してしまったので、拡大したもの()を以下に並べました。

伊奈西波岐神社 鳥居が(ほぼ)真正面となるアングルで、地図ではその延長線が出雲大社を通過します。本殿の向きがずれているのは、大社を慮(おもんばか)ったとの考えが浮かびましたが、どうでしょうか。
 鷺浦(村)と伊奈西波岐神社の古名「鷺宮」から、この河口から入り江にかけて白鷺の群れがエサをついばむ姿を連想しましたが、現在はどうでしょうか。

鷺浦の集落

 観光案内板に「鷺浦の街並みが見える」とあるので、高台の墓地に登りました。余談ですが、6月5日は出雲市全域の一斉清掃日で、鷺浦の漁港周辺でも老若男女の奉仕作業で賑わっていました。カメラを提げただけの私は、車道の端を小さくなって歩くしかありませんでした。

伊奈西波岐神社の祭神

 伊奈西波岐神社の社頭にある案内板から、祭神を抜粋しました。

祭 神 稲背脛命(いなせはぎのみこと)
合祀神 八千矛神(やちほこのかみ)

稲羽白兎神(いなばしろうさぎのかみ)
稲羽八上比売命(いなばやかみひめのみこと)

 続く〔御祭神の主なる事蹟〕も一般的な文面ですから、私の脳が反応することはありません。
 埒(らち)が開(あ)かないので、『国立国会図書館デジタルコレクション』所載の『雲陽誌 巻之十 神門郡』〔鷺浦(村)〕を開くと、神社名は「鷺宮」でした。

鷺宮 本社二間四方、拝殿二間余、御供所二間に三間、鳥居一基、【風土記】に載る佐支社是なるべし、今佐枳宮(さぎみや)という、
 世俗伝て曰(いわく)、この神は素盞鳴(すさのお)の妾にてまします、天成の麗質にて御契(ちぎり)あさからざりしが、後に天瘡を患(わずらい)給い、花の顏忽(たちまち)に変じて悪女とならせたまい、素尊と御中不和にならせ給いて妾女吾身の色衰たる事をかなしみ、天神地祇に深く誓給いて末世の男女吾をいのらは痘疹の患をまぬがしめんと誓約したまいしゆえに、今にいたるまて此宮の石をとりて小児の守袋に入てかけぬれば痘疹の病を脱(だっす)とぞ、
 老祠官語しは是は瓊々杵尊(ににぎのもこと)なり、旧記にいう所は昔神託あり、児童我をいのらば疱瘡の患を免(まぬがれん)と、是より疱瘡の守護神と申侍(もうしはべる)、殊勝に覚るなり、

大日本地誌大系刊行会 編『大日本地誌大系第27巻』

 具体的な祭神名を挙げずに、俗伝の「素盞鳴命の」を取り上げています。しかし、私は、この「妾」に反応しました。と言うのも、先宮神社の祭神も「建御名方命の妾」という伝承があるからです。
 このことから、「出雲大社─海辺の伊奈西波岐神社(鷺宮)・諏訪神社上社─湖畔の先宮神社(鷺宮)」の関係が成り立ちました。ある時期では「出雲大社の祭神は素盞鳴命」とされているからです。何か面白くなってきましたが、(結局は)双方とも伝承なので、これ以上の話は進みません。

 次に、鷺宮とその祭神に関連したものがないかと、同じ『雲陽誌』に載る出雲大社(杵築大社)を読んでみました。残念ながら門前払いとなりましたが、興味深い記述がありました。ここでは関係する部分のみを取り上げたので、全体としては極一部の抜粋になります。

大社 大己貴命の鎮座する所なり、(中略)【風土記】に出雲の御崎山(中略)(すなわち)大己貴大神をまつる、日隅宮是なり、味耜高彦根(あぢすきたかねひこの)命・下照姫(したてりひめの)事代主命高照光姫命建御名方命五神を客座にまつる、(後略)

 知る人には「オー!!」という、“御神渡りクロス”の神々が一挙に登場しています。しかし、本稿『伊奈西波岐神社』とは方向が異なるので、機会を改めて書くことにしました。