諏訪大社と諏訪神社トップ / 各地の神社メニュー /

ウエンジン様と贄川のトチ 塩尻市贄川 26.6.3

 早くから「贄川(にえかわ)のトチ」の存在は知っていました。と言うのも、実家が木曽にある関係上、国道沿いにその標識があるのを通過する度に見ていたからです。しかし、独立樹ではなく山の斜面に立つという景観ですから、如何に大木であっても背後の緑に同化しています。何回その前を通っても、車窓越しではまったく認知できませんでした。その後、見学者用駐車場が整備されたので、じっくりと見学することにしました。

長野県天然記念物
 贄川のトチ
(中略)
 地元では、樹木の下にまつられている小祠(ウエンジン様)にちなみ「ウエンジンサマのトチノ木」と呼び昔から大切にしているものである。
長野県教育委員会 
 現地にある案内板ですが、このサイトでは関係ない部分を(中略)としました。
贄川のトチ
ウエンジン様と贄川のトチ

 首の筋肉が軋むのを覚えながら見上げてみました。

贄川のトチ

 頭上を、この老樹のものとは思えないほどの若葉が一面に広がっています。その柔らかく若々しい活力の照り返しを精一杯受け止めてから、樹齢千年とされるトチを後にしました。

ウエンジン様

 案内板にある、ローカル色あふれる「ウエンジン」の名称に興味を持ちました。
 私は、その朽ちかけた木祠の前に立った時から、「祝神(いわいじん)」の口伝えが訛ったものが「うえんじん」と考えていました。かつての識字率が低かった一般民衆の間では、聞き覚えと口伝えしか手段がありませんから、その繰り返しで「ウエンジン」に落ち着いたのでしょう。因みに、諏訪では、現在も「いうぇーじん・うぇーじん」などと呼ぶ地域があります。

荻ノ上神 祠内の朽ちかけた木板(幣帛)二枚に「正一位稲荷神社」の文字が確認できたので、何枚かの写真を撮っていました。その一枚を拡大すると、額装風に作られた「荻ノ上神」が立て掛けられています。さらに拡大すると、吊り下げ用と思われる針金の輪が見られます。大きさから見てこの祠の内外に掛けるのは不自然ですから、「じゃー、元はどこにあったんだ」と模索すると、鳥居の存在が思い浮かびました。この自画自賛的な考えに、早々に、かつてはこの額が釣り合う大きさの鳥居があったと断定してみました。

 ネットで「贄川のトチ」を題材にしたブログを参照する中で、この地籍が「贄川荻ノ上」と知りました。この字(あざな)から、荻ノ上地区の産土社が「荻ノ上神」で、それを略したのが「上神(うえじん)」という新たな考えが出てきました。この流れで、この祠が巻(まき)の祝神ではなく産土社とわかったので、「上神が“うえんじん”に転じた」と結論づけてみました。
 ところが、長野県文化財保護協会編『中山道信濃二十一宿』の〔贄川宿〕では

大栃の木 観音寺から南守り二〇〇mほどの山足にある。根元の周団はおよそ十m、こぶの上のくびれた所で周囲が八・五mもある。ほとんど傷がなく、見事に成長していることから、昭和四四年に長野県天然記念物に指定されている。樹下には、上陣(うえじん)の小桐がある。鳥居峠付近には栃の大木が多いが、この付近での大木は珍しい。芭蕉の「木曽の栃浮世の人のみやげかな」を思い出させる大きな卜チの木である。

とあるのを見つけました。ただし、冒頭の「南守り」は「南寄り」の誤植(ミスプリント)ですから、『上陣』もやや信頼性に欠けることになります。そのため、“この程度”の資料では、まだ自説の有利は揺るがないとしました。