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風切りの里「三社参り」 山梨県北杜市高根町清里 29.11.12

 風三郎神社(上伊那郡中川村)を調べる中で、山梨県では八ヶ岳南部の一峰を風の三郎岳と呼んでいることを知りました。また、北杜市(ほくとし)の清里(きよさと)では、風の三郎社を含む「三社参り」が行われていたことも知りました。こうなると、心はすでに清里の地へ飛んで…。

 「清里」と言ったほうが通りがよい高根町(たかねちょう)は、私が住む諏訪郡原村からは八ヶ岳の向こう側に位置しています。隣の県ということもありますが、隣町であっても、八ヶ岳の高嶺に阻まれては“交流”がありません。その高根町は、現在は合併して北杜市(ほくとし)高根町です。

三社参り 29.11.1

日吉神社

 唯一地図に載っていた神社なのでカーナビの行き先に設定し、三社参りのベース地としました。

日吉神社(高根町) 道脇の鳥居をくぐって石段を登り詰めると、予想外に広い境内の端に立っていました。
 神庫と神楽殿は見てわかりますが、大屋根が本殿の覆屋と認識するまでに少しの間が必要でした。背後の斜面には、境内社が並んでいます。 

日吉神社本殿(高根町) 元文5年(1740)建立という本殿の周囲は、通路とも言えるスペースがあります。これが、覆屋を大きくしている理由でした。しかし、本殿を直接拝観できるその場所も、覆屋の腰板で囲まれているので、社殿全体を撮ることができません。下からアオると、何とか紹介できる写真になりました。

 鳥井脇にある案内板『高根町指定無形民俗文化財第二号 日吉神社の筒粥の神事』から、「三社参り」の部分を抜粋しました。

日吉神社は清里(もとの樫山)に鎮座する神社で、(中略) 三社参り(雨乞いを八ヶ岳権現社に、暴風雨除けを風の三郎社に)の中の晴天を祈願する神社で、各集落の代表者が当番となり、毎年七月一日より毎日一人代参し二百二十日を過ぎるまで、この代参は終戦頃まで続けられました。
高根町教育委員会

 「筒粥の神事は現在も行われている」とだけ紹介し、上記を「三社参り」の説明に代えました。

風の三郎社(利根神社)

風三郎神社・利根神社 小字「東原」の一軒で、「風の三郎神社はどこ」と尋ねました。しかし、当主の男性は、私を警戒しているかのように「知らない」の一点張りでした。
 途方に暮れながら歩みを進めると、集落の外れに畑中へ延びる小道があります。ネットで見ていた概念図のような地図を思い起こすと、それが重なります。
 その気配はないままでしたから、不意に鳥居が現れたのを見れば、大げさですが「やったぜ!!」と心内で叫ぶしかありません。額束に「利根神社」が読め、ここだと確信しました。

風三郎神社・利根神社
利根神社space風の三郎社

 赤屋根の祠が利根神社です。石垣の形状でわかるように、右側に取って付けたかのように座る祠が風の三郎社でした。
 高さ50cm弱の石祠は無銘なので、予備知識がなければ、この前に立っても風の三郎社と知ることはないでしょう。近年に「上原からここに移した」ことも、その存在を薄くしている原因と思われます。

 高根町『高根町誌 下巻』〔宗教〕から、「屋敷神と共同で祀る神について」から抜粋しました。

清里(旧樫山地区)の利根川姓(マキ)全戸四〇戸で、「苗字掛け(みょうじがけ)」と称して利根川神社を祀っている。なお、この集落の鎮守社は古杉茂る日吉神社である。

 『町誌』の利根川神社と、現地の利根神社の呼称に相違があります。マキの神社なら「利根川神社が正しい」となりますが…。

八ヶ岳権現社

 日吉神社に「ハイキングコース」の標識があります。その道をたどれば八ヶ岳権現社へ行けそうですが、説明がないので車道を歩いて目指しました。

清里から見た八ヶ岳

 これは、その道中で、諏訪で見馴れた八ヶ岳とは余りにもかけ離れた山容に何枚も撮ってしまった中の一枚です。この時はまったく未知の八ヶ岳権現社でしたが、帰りに振り返って見れば、電柱辺りから斜めに入る「ハイキングコース」の先にありました。

八ヶ岳権現社
八ヶ岳権現社

 道標「散策路入口五幹の松(雨乞いの松)」の先をたどると、尾根上に、お辞儀したかのような八ヶ岳権現社が鎮座していました。
 背後の枝葉の間に八ヶ岳の存在が窺われますが、どの部分なのかはわかりません。三社参りが廃れたことで、遙拝地という景観は必要がなくなったのでしょう。

八ヶ岳権現社(風三郎ヶ岳) 「明和元年(1764)八月日」と彫られた石祠の向こうが、高根町指定天然記念物「八ヶ岳権現社のマツ」です。
 手前にある新しい碑には「風切りの松 風の三郎」とあります。しかし、松が防風林の一本とわかりますが、大文字で並記された「風の三郎」の役割がよくわかりません。
 これで、晴天祈願・雨乞い・暴風雨除けのいずれも祈願しない三社参りが完了しました。

風の三郎岳

八ヶ岳
(推定)風三郎ヶ岳

 風の三郎岳は、諸説がありますが、どの峯なのかは比定できていません。
 現地を訪れた私は、肌の感覚と八ヶ岳への視覚から、風の通り道としてのピークを風の三郎岳と考えてみました。地図では、阿弥陀岳南陵の2564mのピークでしょうか。
 この地からは山の彼方(あなた)に当たる(八ヶ岳原人が棲むという)原村では、西風が強いという印象があります。その風が上写真のキレット(切戸)からこの地に吹き降りて農民を悩ませたことは、容易に想像できます。
 長野県(諏訪)側では八ヶ岳へ向かう偏西風が主なので、『上社古図』には守屋山に「三郎宮」があっても、八ヶ岳に「風の三郎」の呼称がないことが頷けます。

 付録として、ネット上でも引用されている「風の三郎岳」に関わる古文献を紹介します。
 松平定能編輯(集)『甲斐国志 巻之二十九』〔山川部第十〕から転載しました。

一、(前略) 峯巒(ほうらん)岝萼(さくがく)とし八葉に分るる故に名とす。其一峯を檜ヵ嶽と云。(中略)八ヶ嶽 權現ヵ嶽、小嶽、赤嶽、麻姑嶽、風ノ三郎ヵ嶽、編笠山、三ツ頭、其餘種々の称呼ありと云。(後略)
甲斐叢書刊行会『甲斐叢書 十巻』

 同『巻之六十五』〔神社部第十一〕から転載。

〔八ヶ嶽權現〕
岳に鎮座す檜峰神社なり。岩長姫、八雷神を祀ると云。(中略)此山峯競(い)(そび)ゆ。東峯を麻姑岩、西峯を風ノ三郎ヶ岳、編笠山等の別名あり。(後略)
甲斐叢書刊行会『甲斐叢書 十一巻』

 大森快庵著『甲斐叢記 巻之七』から転載しました。

○ 八嶽(やつがたけ)
又谷鹿岳と作(書?)く。(中略) 檜峯(ひみね)權現岳とも云。小岳、三頭(みつがしら)岳、赤岳、箕蒙(みかぶり)岳、毛無岳、風三郎岳、編笠山等八稜に分るるゆえに此名あり。檜峯には岩長姫、八雷神を配祀り八嶽權現という。(後略)
甲斐叢書刊行会『甲斐叢書 六巻』