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史跡「新井社護司」 下伊那郡高森町下市田 29.10.7

上伊那郡高森町 萩山神社の御射山社を参拝した折、カーナビが「史蹟新井社護司」を表示しました。しかし、思いついての行動なので時間に余裕がなく、萩山神社の境内社に「社護司社」があることを確認しただけで高森町を離れました。

新井社護司社参拝 29.10.1

 それから一ヵ月。新造となった御射山社の写真を撮ってから、新井社護司社へ向かいました。果樹が植えられた畑地に旧家や新しい住宅が散在する中、路駐した道の端から撮ったのが以下の景観です。

新井天白社

 写真に写っている案内板を転載しました。

史蹟 新井社護司
 古老によると、下市田には古くがら手厚く祀られてきた古神に「三天白・三社護司」があるという。新井社護司はその一つで、「おしゃごじさま」として尊崇されてきた。
 郷土史家によると、「しゃごじ」は古神「石神(しゃくじん)」の訛(なま)ったものではないか…という。
 今は、小島・串原(櫛原)同族の氏神となっている。
平成十二年四月 下市田史談会・高森町教育委員会

 下市田史談会と町教育委員会の判断ですが、文面からは「なぜ史跡(蹟)なのか」が伝わってきません。こう疑問の声を挙げても、結果としてカーナビに取り上げられてこの前に立つことができたのですから、やはり両者には感謝すべきでしょうか。
 因みに、ナビの同縮尺では(なぜか)萩山神社は表示せず、最近は詳細な情報を表示するGoogleMapですが(なぜか)新井社護司は載っていません。このアンバランスは一体何なのでしょう。

新井社護司社 この新井社護司社と萩山神社の境内社という限定ですが、下市田では「社護司」が一般的な名称のようです。
 覆屋の格子から、諏訪ではミシャグジと呼ぶ社護司を覗くと、同格の社殿が二棟並び、その左右にも小さな祠がありました。左側の社殿には御簾が下がり、その奥には色褪せた錦(にしき)状の布が覗けます。右側はやや年季が入った幣帛が安置してありますが、御簾は落ちたままです。境内は草が刈られていますが、祭祀そのものは絶えていると見ました。

新井社護司社 格子の間から、並んだ社殿を何とか撮ることができました。ただし、覆屋の大きさでわかるように小型の社殿です。檜皮葺を始め凝った造りなので、この写真では一間社のように見えてしまいます。
 両社とも大棟に紋が三つ並んでいます。左は(萩山神社と同じ)五三桐・三つ巴・五三桐で、右は「三つ巴・五三桐・三つ巴」と確認できました。向拝柱の貫も蟇股の彫刻が異なるので、相並んだ社殿とあって、両氏が差別化を図ったと想像してみました。

 出掛ける前に、地図で下市田の周辺を眺めました。今は中央自動車道で分断されている格好ですが、広い河岸段丘の上部に「天白公園・天白グラウンド・天白幼児公園」があります。しかし、ネットでは天白社の情報を掴むことができなかったので、高森町では新井社護司社のみの参拝となりました。

 現地で知った「三天白・三社護司」の巡拝も面白そうですが、次回、といっても今はまったく未定の楽しみとしました。ただし、現在は消滅して「史跡」になっている可能性があります…。