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白山大神社 山梨県北杜市 1.8.17

 白州町図書館に、いかにも自費出版という装丁のシリーズ本がありました。山梨県の石造物を網羅したものですが、その中に、とぐろを巻いたヘビの頭部が老人という宇賀神の石像を見つけました。後日、「これは必見」と藤武神社を参拝しましたが、境内をくまなく探しても人頭蛇身を拝観することは叶いませんでした。
 所在地が誤記だった可能性も含めて周辺の神社を調べる中で、宇賀神とは異なりますが、白山大神社に同じヘビをモチーフにした石像があることを知りました。それも“大量に”、です。

白山大神社参拝 1.8.13

北杜市「白山大神社」

 一見忘れられた神社のようですが、今年も神楽を奉納したようで、神楽殿のここかしこに寄附の芳名が書かれた半紙が貼られていました。

白山大神社 拝殿を覗くと、通常とは異なったただの扉があるのみです。柱に貼られた「秋葉神社」から、白山大神社の本殿は別個にあるものと考えました。
 拝殿の裏には何もなく、一つの尾根が始まっているだけです。その脇を奥に向かう小道に誘(いざな)われるように踏み入ると、すぐに尾根に取り付き、登り切ると、やせ尾根を占拠するように以下の景観が現れました。

白山大神社「石造物群」

 正面から全景を撮ったものです。その一部をズームアップすると…。

白山大神社「白山妙理大権現像」

 合掌したものもありますが、冒頭で予告したように、ほとんどの神像がヘビを抱えています。背後の石祠と比べてわかるように、その大きさは予想したものより小さなものでした。

白山妙理大権現像 「安政六年年/植松(氏)」と銘があった一番大きな石像を、左に代表してもらいました。これで、一目で「おー、とぐろを巻いたヘビが!!」と目を点にしてもらえたでしょうか。
 余りの異景に三回も周回し、前後左右からカメラに収めました。95%は稚拙があっても同じ姿ですが、残りは馬頭観音・地蔵・桑の枝を持った蚕玉様などの石仏です。背後は小尾根が続くので、その突端を加賀の白山に見立てた可能性を思いました。
 異界とも言える石造物群に立ち去りがたい想いがありますが、蚊が集(たか)ってくるのを口実に、思い切りよく下山しました。

白山大神社「拝殿」 拝殿の背後を見ると、往路では目に入らなかったシャッターがあります。例大祭などにはそのシャッターを開けて、背後の小山に鎮座する神々を拝観、もしくは神楽を奉納するシステムと理解できました。
 帰路、余りにもたくさんの小神像に、「当初は祭神二柱の石祠が二棟──安政六年に大きな石像を建立──誰かが一体の小神像を納めたのをきっかけに、願かけや節目の年に同様の神像を納めるようになった」と、現況を想像してみました。

 『山梨県神社庁』〔県内神社の紹介〕から、[白山大神社]の一部を転載しました。

■御祭神: 菊理姫命、伊弉冊命

■由緒沿革:創建年暦不詳なるも口碑に当村城山に清光の子清泰城砦を築き、大宮大神社を修覆して武運の祈願所とせし時、里民愛撫のため、御祭神二柱を鎮祀して社殿を建立し、白山大神社と尊称し、縁結びの神、五穀豊穣を祈請せしに由ると伝ふ。天正、慶長年間武田将士の崇敬厚く、武将の社殿修理の寄進等もありたる棟札現存す。里民の信仰厚く白山講社を結成し神賑を極めてゐる。

白山妙理大権現

白山妙理大権現 ネットで情報を収集しますが、白山神社(信仰)や菊理媛命(くくりひめのみこと)では、白山大神社の異形の神像に繋がるものはありません。その中で表示した「白山妙理大権現」を検索すると、…この絵がありました。
 明治19年出版という土佐秀信画『仏像図彙』から、その〔白山妙理大権現(はくさんみょうりだいごんげん)〕を切り抜いて転載しました。版画なので不鮮明な部分がありますが、具象化した像を見ていますから、女神が深皿に載せたヘビを捧持している姿と解説できます。
 説明「現元亨ニ曰伊弉諾ノ尊也養老元年泰澄法師登白山持誦専注也忽ニ九頭ノ龍出ヅ是方便見躰也ト時ニ十一面観自在菩薩現ジ玉フ」を並記してみました。

 それでも肝心の“もの”がわかりにくいので『国立国会図書館デジタルコレクション』にすがると、同書を二値化したものがありました。

白山妙理大権現 「文字もそうですが、白か黒かという階段状の画像なので不自然です。少しボカシを掛けて滑らかにし、背景にノイズを加えてみました」との説明は読み飛ばして、と言ってもすでに読み終わっていると思いますが、その頭部は龍そのものに見えます。
 しかし、とぐろが(畏れ多くも)ウン○に見えてしまいます。説明にある「是方便見躰也」を読んでしまった後では無理もないと弁解してみましたが…。
 その説明にある伊弉諾尊(伊邪那岐命)と白山神社の菊理媛命の二柱を祭神として祀っているのが白山大神社、と考えてみました。並立した石祠からそれが証明できると思いますが、どうでしょうか。