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平出の泉と三峯様 塩尻市平出(ひらいで)

平出遺跡

 私が(小)中学生の頃は、教科書に「日本三大遺跡」の一つとして平出遺跡が載っていました。ただし、現在は「日本十大遺跡」に入るかどうかという地位になっているでしょうか。その平出の地に、縄文時代から平安時代まで長きに渡って人々が住み続けた要因として語られるのが、「平出の泉」です。

平出の泉と三峯社
塩尻市PDF版『ひらいで絵地図』(部分)

 平出博物館の周辺に案内絵地図があり、平出の泉が載っています。その直近に三峯様がありますが、三峯社の何たることを知らなければ(知っていても)、その文字に焦点が合うことはないでしょう。
 その「三峯」にすぐ反応してしまった私ですが、なかなかその前に立つことができずにいました。ある日、ネットでその写真を見て、杉葉の色から何年も葺き替えをしていないことを知りました。そうなると倒壊の恐れがあり、その写真が見納めとなる可能性があります。

平出の三峯社参拝 '21.2.20

 「平出遺跡=(旧)宗賀村」のイメージがあったので、平出遺跡公園ガイダンス棟に寄りました。ここに置いてあれば塩尻市図書館へ行かずに済むという目論見で声を掛けたのですが、『宗賀村誌』は無く、販売用の平出区誌編集委員会編『平出村誌』があるのを教えてくれました。

三峯社 必要なのは、三峯社の記述だけです。許可を得て見本をチェックすると「三峯様(平出の泉南東)」とある写真だけが載っていました。
 巻末を見れば、平成21年と新しい刊行です。この仕様では密と疎の違いはあってもスダレが必須ですが、その頃はこの姿が定着していたのでしょう。この写真を素早くカメラにコピーし、トイレにも寄って「いざ三峯社」と態勢を整えました。

三峯様

三峯社と平出の泉

三峯社 遊歩道から三峰様が見下ろせます。近づけば、それが側面とわかり、右方にある集落に向いていることが理解できました。
 その前に立つと、本体はしっかりしていますが、枯れきってツヤを失い白化した杉葉は、触れただけで抜け落ちそうな状態です。

御眷属拝借の札 既に御札は朽ちていると覗き込めば、まだその姿を留めており「宗賀」と「上村」の二講社と確認できました。
 多くの講で代参の代わりに郵送が主流となった今、「拝借」の意義が忘れ去られ、そのまま(返却せずに)重ねられた新旧古の御札を目撃することがあります。この三峯社は汚れていても最新のものですから、「御札は有効期間ギリギリの状態」と好意の目で見ることにしました。

宗賀村と平出村

 調べると、明治8年に「平出村・床尾村・洗馬町村・牧野村・本山町村・日出塩村が合併して宗賀村となる」とありました。これで、内容はともかくとして、三峯様は『平出区誌』が一番詳細に書かれていることになりました。因みに、平出博物館は「塩尻市大字宗賀1011−3」でした。

 最後になりましたが、平出の泉と三峯様には直接の関係はありません。