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岩下 新海神社 佐久市春日岩下 30.9.1

■ 長野県神社庁では「新海神社」ですが、字(あざ)岩下鎮座なので、標題を「岩下新海神社」としました。

 佐久市(さくし)臼田(うすだ)にある「新海三社神社」を参拝する計画を立てました。佐久平にはこの神社を総本社とする「新海神社」が八社あるということですが、その中で、長野県神社庁のリストにある(住所がわかっている)新海神社を三社巡拝することにしました。

新海社 村社
社地(略)、岩下組にあり、祭神誉田別命、寛永七年(1630)創建、祭日七月二十五日
長野県『長野県町村誌』〔北佐久郡春日村〕

 あくまで新海“三社”神社ですから、祭神が二柱抜けています。別の資料を探すと、『望月町誌』がありました。

新海神社 −岩下−

岩下新海神社
写27 岩下の新海神社(浜床がある)

 臼田町田口の新海三社神社を勧請(分社)したものという。したがって臼田町の新海三社神社と同じ意匠がみられる。板葺で棟には鬼面付、浜床、高欄付のぬれ縁を三方にもち、脇障子が付く。
 祭神は「建御名方命」「事代主命」「誉田別命」の三神(柱)で、柱間と扉が三つある形式であり、これが三間社である(写27)

『望月町誌 第四巻近世編』〔神社建築〕から抜粋

 岩下では、「興波岐命(おきはぎみこと)」が見られません。佐久では諏訪神社(祭神・建御名方命)が圧倒的に多いので、本社を除いてはその陰が薄くなっているようです。

岩下新海神社参拝 30.8.25

 県道40号で佐久の平まで下ると思っていましたが、雨境(あまざかい)峠を過ぎると、カーナビは「右折」を強要しました。未知の土地へ向かうとあっては言われるままですが、「終了」の声を聞けば、目的地である岩下の集落に立っていました。しかし、山の向こう側から来た身では、取りあえずは知らなくても差し支えありませんが、どちらが北なのか…。

 ナビに神社は載っていませんから、まずは、国土地理院〔電子地形図25000〕のみにあった鳥居の凡例がある山手に向かって歩きます。グーグルマップで「新海神社は宝泉院の近くらしい」とまでわかっていましたから、突き当たりの右手にその寺院を認めてから左方を眺めると、鳥居が望めました。

岩下新海神社

岩下新海神社 地図では凡例のみですが、近づいて鳥居を仰ぐと、額束に「新海大明神」が読めました。
 ここまでは想定していた通りでしたが、拝殿の格子戸から中を窺うと奥の扉に覆いがかかっており、三間社の本殿は拝観が叶わないことになりました。
 左方に回り込んでも本殿は覆屋ですっぽりと隠されており、まったく見えません。社地が縦長で片側が石垣とあって、横方向からの写真も距離が取れずに断念しました。

岩下新海神社
山際にある新海神社

 帰り道で振り返ると、往路では玉泉院だと思っていた建物が新海神社とわかりました。
 この時に思ったのですが、社殿の中心軸が集落の東面に接しているので、岩下の集落を見下ろしていないことになります。「神社は南面を向く」としては合っていますが、前方は人家が無い山ですから、なぜこの配置なのか不思議に感じました。地形の制約など、岩下の先人がここに造営したという合理的な理由があるのでしょうが、立ち寄り参拝者では知る由もありません。

 次回は、『謎の石造物』として紹介した佐久市今井鎮座の新開神社です。『謎の石造物』は、この参拝記に統合する予定があります。