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今井の三峯社 松本市今井上新田

 杉葉もスダレもありませんが、高床式の祠を見かけて「今のは三峯社」と直感しました。後日、乏しい記憶を頼りにストリートビューを使って走り、執念で見つけたのが住所「今井上新田」でした。西が朝日村・南が塩尻市という、松本市では最南端の地でした。周辺を眺めると、かつて参拝した「今井諏訪神社」がありました。

三峯社参拝 '21.2.20

 前方に、その輪郭が見えないほど黄色の煙に包まれた田畑や家並みが見えます。不安が募りますが、サイレンは聞こえず、乾燥しきった畑の土を強風が舞い上げたものと理解しました。

三峯社と道祖神

 この写真でも左上にその一部が写っていますが、まずはこの辻(交差点)の解説です。写真では左右の県道に対して ┯┷ 状に交差するのが昔からの道と思われますが、…なぜ鍵手にしてあるのかは知りません。

の三峯社 この一画に対面して火の見櫓と公民館がありますから、旧上新田村の中心地ということがわかります。
 この場所に道祖神や様々な神号碑が並ぶ中での高床式の祠ですから、杉葉が一片も無くとも三峯社との可能性が高まりました。

三峯社 言わば他人の家を覗き込むような行為ですから、礼節をもって拝礼します。
 やはり人目が気になります。素早く格子戸内を観察(拝観)すれば「三」と「峯」の上半分が確認でき、三峯社と確定しました。それを手早く写真に残し、「不審者に思われないうちに」と立ち去りました。

(借りっぱなしの)「御眷属拝借之牓」

 自宅でじっくり解析すると、新旧に関わらず御札の左肩に「今井」が読めます。それらを御焚き上げ(処分)せずに残しているのは、「拝借」という形態を今でも意識していることになります。
 その手法はともかく、ここには、少なくともこの祠が作られて以来の、その枚数分の三峯講の歴史が詰まっていることになります。結果としてそれを覗き見したことになった私ですが…フー(←ため息の擬音化)。ここまで書いたので、迷いながらも写真付きで公開することにしました。