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出雲の荒神は… 島根県出雲市 2.2.24

出雲の荒神「四景」

 出雲(島根県)の荒神は、“そのつもり”で参拝したことがないので、境内社やオマケとして撮っておいた数枚の写真しかありません。その中で決めつけることはできませんが、「出雲の荒神」はワラ製のヘビを木や石に巻きつけるのが標準の仕様と思われます。

荒神 写真は、斐川町の御名方神社境内にある荒神です。枝や草で覆われているので説明しにくいのですが、神木に巻きついているのがワラで作ったヘビです。


荒神 荒神谷遺跡の東方にある荒神で、ヘビがネクタイのように巻きついています。
 銘は「神須佐男命(素戔嗚尊)」ですが、案内板には「祭神/須佐男命・大地主命・健見名方命」とありました。

総荒神 これも「荒神谷遺跡の北方にある」と立地を説明した、神庭(かんば)諏訪神社の境内にある「惣荒神(そうこうじん)」です。この銘も「神」を附けた「神須佐男命」ですから、祭神の定型句と言えそうです。
 また、「惣」を「総」に置き換えてみると、地域の荒神を束ねる「総荒神」とも思えます。

荒神 こちらは、神庭谷から尾根向こうの波迦(はか)神社に向かう道中で撮った荒神です。
 民家の敷地の一画(隅)にあるので、屋敷神といったところでしょう。石祠でないことから、これが荒神の正しい祀り方のようにも思えました。

 別家ですが、立石はありません。しかし、(自宅で拡大した写真を)覗き込むと、中に置かれた石にヘビと思われる編んだワラが巻き付いていました。


出雲の荒神は、雑社では“最大派閥”

 出雲の諏訪神社参拝記を書いた時に、『大日本地誌大系』に載る『雲陽誌巻之八』を参照しました。各旧村を覗くと、荒神がやたらにあります。〔出雲郡〕の冒頭から順に「荒神」のみを拾うと、「学頭村−100・下庄原村−7・上庄原村−52・神庭村−(なぜか)無・羽根村−20」と桁違いの数です。

 山崎亮著『荒神祭祀論のための覚書−出雲地方を念頭に置いて−』では

岡義重の整理に従えぱ、荒神は『雲陽誌』全体で4,805を数え、第二位の水神が337であるから、文字通り群を抜いているといえる。これは、全体の 7割近くの村で荒神の名称が見られるという事実もさることながら、大半の村で複数の荒神が祀られているためでもある。

と書いていますから、全国のミシャグジ系神社が連合しても太刀打ちできそうにもありません。

荒神とミシャグジ

 ここで、「木と石に斎つく・ヘビの姿」と「所変われば品変わる」で、出雲の荒神は諏訪のミシャグジと根は同じではないかという考えが浮かびます。

 実は、半年ほど前に、荒神とミシャグジを結びつけるつもりで『出雲の荒神』を作成していました。ところが、その後、諏訪のミシャグジは江戸時代以降に広まった信仰形態という流れに舵を切ったので、結びつけるのは無理があることとなりました。
 その一方で、出雲の荒神信仰は「出雲神話から飛び出して土地に根付いたもの」と考えれば、私の言う「諏訪のミシャグジは、江戸時代以降に諏訪神社の御左口神信仰から解放されて一般に広まった」と共通するものがあります。しかし、諏訪の地では出雲の荒神関連の史料・文献は皆無ですから、比較や検討はできません。
 やはり、当分の間は、「諏訪のミシャグジは、諏訪神社の影響を受けていても、全国に展開するミシャグジ系の一派に過ぎない」ということに落ち着きました。