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北杜市の山ノ神 山梨県北杜市明野町 '20.11.15

 『韮崎市誌』に、「お腰掛(こしがけ)」についての一文があります。

 市内においても「山神社・神明神社・大六天社」などは「お腰掛」と称して木の枠組だけであり、
韮崎市誌編纂専門委員会編『韮崎市誌』〔神社〕から抜粋

 その木枠は韮崎市限定としてきましたが、隣市となる甲斐市に一基あり、高原神社には石造りの「お腰掛」があるのを知りました。

高原神社
高原神社の石枠(甲斐市)

 高原神社を参拝した帰りに地元の敷島図書館で調べたのですが、祭神が大山祇命とわかっても「お腰掛」とする記述がなく、「御神体は石枠」で終わりました。
 その代わりというか「石枠の神様が招いた」というか、ふと手にした『甲斐の石造物探訪』に、「桟の神」と書かれた石枠の写真を見つけました。所在地が北杜市の御崎神社境内なので、北杜市・韮崎市・甲斐市に渡ってこの手の石造物が存在する可能性を思いました。

明野町の山ノ神 '20.10.31

 明野図書館に寄ると、願ってもない本がありました。〔石造物の解説〕に、これから行かんとする石枠の説明があります。

(はた)の神
 「機の神」は織物の神様である。いつの時代から祀られたのかは不明であるが、明野村では小袖の御崎神社に一基ある。組石形式で、57cm×98cm×98cmの立派なものである。
 組石形式の神様は、明野村の場合、北組・永井・中込に「山の神」としてある。小袖の「機の神」は無銘であるが、地域の人達は昔から「機神様」といって、特に女性の信仰を集めてきた。
明野村誌編纂委員会編『新装 明野村誌 石造物編

 『甲斐の石造物探訪』では「桟の神」です。その正誤はともかく、他にも三基あることに意気が揚がりました。

御崎神社の山ノ神

御崎神社と山ノ神
御崎神社space山ノ神

 位置からいって、右の私のアゴの高さというミニ鳥居が山ノ神の鳥居でしょうか。御崎神社の参拝もそこそこに、拝殿の横を通って奥に向かいます。

山ノ神 突然ですが、『明野村誌』では「機の神」としていますが、ここでは「山ノ神」で進めます。
 それは、高原神社と違い、井桁状に組んだ石枠でした。下部が埋まっていますが、むしろ木造の「お腰掛」に近い形状です。

山ノ神 隣接している石祠を「後付けの本殿」と見ましたが、四方が刳り抜かれているので燈籠の火袋とわかります。石枠だけでは心許ないなので、転用して山ノ神の祠として設置したと考えてみました。


北組の山ノ神

 小字(こあざ)「北組」が図書館の近くにあることを知り、正面に諏訪とは山容が異なる八ヶ岳、左方にやや圧迫感を感じる南アルプスの長大な山並みを眺めながら歩きます。

山ノ神

 火の見櫓があるので、人家はまばらですが北組の中心地でしょう。そう見ると、右の小路が古くからの道で、この辻に道祖神があるのも納得できます。その道祖神ですが、背後の石垣に同化して区別がつかないので、他の石祠を含めた石造物群として以下に用意しました。

山ノ神
山ノ神space道祖神

 本題の山ノ神ですが、平地(裾野)にある不思議さも、背後の「百名山の茅が岳」を祀っていると考えれば納得できます(例によって他所から移した可能性もありますが…)

山ノ神 これが高さ140cmで158cm

四方の山ノ神ですが、深掘りする目を持つ私は、上枠と支柱の組み合わせ面に違和感を感じました。実は、御崎神社の山ノ神を見た後でしたから、その隙間や寸法の不揃いが何に起因するのかが直ぐに理解できました。

 長年この造形(組み合わせ)を見馴れている北組の人には申し訳ないのですが、それを否定することになる山ノ神を頭の中で組み直すと、
 1. 1の上下を逆にする。
 2. 2を、上向きになった1のホゾに差し込む。
 3. 3を外して左に90度回し、1の片方のホゾに差し込む。
 4. 余分な石を処分する。

となり、小袖(御崎神社)の山ノ神と同じ井桁状になります。ただし、これが北組の歴史だと開き直りかねないので、ここだけの話しとします。

 ここで、「同じ山ノ神なのに、冒頭に挙げた高原神社の石枠とは上下が逆になるのではないか」との声が必然的に挙がることになります。それについては、「乞う次回」としました。