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林六郎屋敷跡(千鹿頭神社散歩道) 松本市里山辺 林 1.11.26

事前資料

 順に江戸時代・明治・現在、文献・私本・案内板、内容は伝承という捉え所がないものですが、これしかありません。

是にしゅくせむすぶの神立給う、是は林六郎を祝えり、祠の跡あり、
『信府統記』〔千鹿頭大明神〕
東筑摩郡神田・林両所に於て祭る、同地宇良古山に鎮坐す、往古は郡内三十余村の祭神なり、后神を宇良古(うらこ)比売命と云、口碑に伝ふ由同地に命の社あり、
『神長守矢氏系譜』〔千鹿頭神〕
宿世結神(しゅくせむすびのかみ) 林六郎公の息女のうらこ姫と言う。
山辺歴史研究会・里山辺公民館〔千鹿頭神社〕

 千鹿頭神の妃が宇良古姫・林六郎の妻または娘が宇良古姫と出処によってまちまちですが、伝承の域なのでこうなります。その林六郎の屋敷跡が「林大城跡と林小城跡に挟まれた大嵩崎(おおつき)集落にある」と知ったので、千鹿頭神社再拝を兼ねて探訪することにしました。

 目的地が地図に載っていない・駐車スペースも無さそうということで、千鹿頭神社から歩くことを考えました。それが可能かと、今回初めてグーグルマップの[ルート・乗換]機能を使ってみました。
 「出発/千鹿頭神社(林口)・目的地/六郎屋敷付近・徒歩」で設定すると、1.8km・27分・高低差94mと表示します。往復1時間ですから、「徒歩で千鹿頭山麓の紅葉を巡る」と題すればピッタリな時間です。


共に表示した「高低差図」

 便利なツールですが、カーナビと同じで、道を間違える・迷子になるなどによって生じる思わぬ拾いものは期待できません。面白さに欠くとも言えますが、効率的であることは間違いありません。

林六郎屋敷跡へ 1.11.7

御府社(御府古墳跡)

 立寄地といっても、コース上にあります。本稿とは関係ありませんが、中央の塔が前回紹介した三峯社です。

御符社跡

 今は痕跡もない「御符古墳(里山辺九号古墳)跡」です。その脇にある案内板「御府古墳・御府社跡」から、一部を転載しました。

 古墳は古くより《六郎墓》の伝承があり、明治四十一年に千鹿頭神社に合祀されるまで、独立社の《御府社》として祭られていた。

 現代の人名としても違和感がない林六郎さんです。逆に古墳時代の人としては馴染まないことになりますが、伝承上の人物なので受け入れるしかありません。三峯社の写真を撮ってから、山麓に沿う道をたどりました。

 大嵩崎(おおつき)集落の手前から結構な急坂となり、左右の家々を押しのけるように延びる道先の向こうを目指します。事前の調べで覚えていた「高低差94m」を実感します。

六郎屋敷

林六郎屋敷跡
藪の向こう側が「六郎屋敷跡」

六郎屋敷跡 情報は「道祖神の右前方辺り」と大ざっぱです。現れたそれを含む石造物群を右に見て進むと、右上方に白い標柱状のものが望めます。
 「あれだ」と直感し、小道を右に折れて道なりに上ると、この標柱「六郎屋敷」がありました。谷の最奥手前にあるちょっとした平地の脇でした。
 不明瞭な箇所がありますが「旧慈眼寺を開基、千鹿頭神社を勧請した『林の里長六郎屋敷』があったと伝わり、地名が残る」と読めます。

林六郎屋敷跡

 「伝承の地にある跡」ですから、この景観だけです。しかし、千鹿頭神に関わる故地として来ましたから一定の達成感はありました。

彼方は松本市街地

 少し下ると、松本の街が見下ろせました。ここに立つまで振り返ることがなかったので、意外な絶景となりました。ここでは関係ありませんが、左右の尾根上に、長野県史跡「林大城・林小城」があります。
 きびすを返して屋敷跡を仰げば、あくまで伝承上のことですが「生活の場というより、いざという時の砦だったのでは」との解釈が強くなりました。