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塩倉三峯社 松本市下岡田 塩倉 1.12.21

 (前回と同じプロローグですが)明日は気温が上がるという予報に、このところ暖め続けていた松本市の三峯社巡拝を一気に進めることにしました。取って返して辰野町の三峯社も、と欲張りました。

 その中の一社は、画像検索で見つけました。対象ブログを開くと、道中の点描という写真なので詳細が書いてありません。それでも、何枚かの写真と文から、その手前にあるという火の見櫓が割り出せました、ここでストリートビューの出番となりましたが、その先は対象外とあってか、すぐに反応しなくなりました。結局、鎮座地は「塩倉池の北側・山際の辺り」としかわかりませんでした。

塩倉三峯社参拝 1.12.9

 「とにかく行ってみよう」ということで、松本市の北部にあるアルプス公園を目指しました。鎮座地の近くにあり、広い駐車場があるからです。

 一旦は羽織ったフリースのジャケットですが、その中にこもる小春日和に汗を予感してザックにしまい込みました。現実の塩倉池−火の見櫓−海福寺下を歩き、下見ができなかった分岐の先に「いざ」と踏み出すと、すぐに、あっけなく、写真と同じ「斜面に並んだお仮屋と石仏」が現れました。

下岡田塩倉と三峯社

 小屋の脇に設置された手造りの竈(かまど)と大釜が珍しかったので、それを入れたアングルにしました。結果として、主役と脇役双方が背景に埋没してしまったので、で囲いました。

下岡田塩倉三峯社 普通に撮ると杉葉の塊そのものですから、下部からアオって撮ってみました。
 ここで、支柱の名前に困って「角パイプ」と命名しました。イメージとしては「パイプは丸い」となりますが、ネットで確かめると、その名で普通に使われていました。これで、「(鉄)角パイプの上に設置したのが三峯社の祠」と書くことができました。

下岡田塩倉 右に並んでいるのは、眺め回して見つけた「三猿」から、青面金剛立像(庚申塔)としました。
 左下に「女講中」が読めるので、単純に女性だけの講で建立したと考えました。また、建立年の「天明四年」から、即座に「菅江真澄が御頭祭を見学した年」と反応してしまいました。もちろん関係ありませんが、同じ年とあって、何か身近に感じてしまいました。
 この時期では、手軽に話しかけられる農作業中の姿はありません。写真を撮っただけで引き揚げました。

 帰路、尾根上に小さな鳥居を見ました。気になる存在に変わると、同じ尾根にある海福寺から行けそうと考えてしまいます。往路では参拝を考えなかったその寺の前に立つと、クモの巣だらけです。つまり無住の御堂でした。これも何かの縁と手を合わせてからさらに登ると、祝神と思われる正体不明の祠があるだけでした。
 汗をかいた割りに得たものはありませんが、展望は良く、松本市街が見下ろせます。遠くに「あれが須々岐水神社。あれが千鹿頭山」と目をやる中で、眼下に、先ほどまでいた三峯社の存在を認めました。

下岡田の三峯社

 ここで、拝礼をしなかったことに気が付きました。「高い所から失礼します」と、遙拝したのは言うまでもありません。
 公園へ戻る道すがら、「写真を撮っただけで帰るとは、けしからん」と、三峯社が神仏のネットワークを使って「忘れもの」に気が付くように仕組んだのがこの寄り道ではないかと、しきりに思ってしまいました。