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洲原神社と三峯神社 下伊那郡飯島町鳥居原 ’20.10.12

洲原神社参拝 ’20.9.22

洲原神社境内社「三峯神社」

 「鳥居原」の字(あざな)にその地の特異性を感じますが、今回は洲原神社一社に絞りました。本社を参拝してから、今は境内社という三峯社の前に立ちます。

洲原神社と三峯社

三峯社 境内社一括注連縄の支柱が邪魔ですが、この地での仕様「木造・御簾(スダレ)」を正面から撮ってみました。
 最近、三峯社擬(もど)きのお仮屋を知って困惑していますが、額に「三峯神社」とあるので間違いありません。「失礼します」と断ってから、果たして了解は取れているのだろうかとの不安はありますが、御簾の隙間から内部を拝観(観察)しました。

 小さな社(やしろ)風の木箱が二つ並んでいますから、二つの講があることが知れます。その右にある黒っぽい木札を、講が解散して返却されなかった「御眷属拝借之札」と考えたのですが、下部に「三峯神社□□新築社殿」と読めたので、この社殿の棟札とわかりました。
 私が知る三峯社のお仮屋としては長野県最南端に位置しますが、当初からこの形状なのかはわかりません。御眷属拝借の指南書や心得書では「お宮あるいは茅藁の類にて奉殿」または「木材、茅、藁の類にて御造営」とあるので、この講では木造の社を選んだとしました。

洲原神社

 参拝目的が三峯社なので、紹介が従になってしまいました。

洲原神社 読めなかった右の神号碑ですが、自宅で「恵比須」と解読できました。
 その並んだ碑の奥に見えるのが洲原神社です。初めて知った「洲原」神社ですが、境内には由緒書がありません。
 調べると、岐阜県美濃市にある洲原神社が本社で、全国に分社が49社あることがわかりました。取りあえず、この地の草分けが美濃市の出身と考えてみました。

洲原神社本殿 大きな社号標には守矢真幸さん謹書の「洲原神社」が彫られていますが、拝殿の社額は「鳥居大神・洲原大神」です。
 「鳥居」神社は存在しませんから、「鳥居原」に因む神でしょうか。洲原神社を勧請する際に、地主神を合祀した可能性を考えてみました。

鳥居大神

 〔社寺建築〕から同社の一部を転載しました。

洲原神社本殿 洲原神社は、美濃市須原の洲原神社から分霊して成立した神社と伝えられ、また、棟札から、天明六年(一七八六)に鳥居権現を勧請したことが分かる。

飯島町誌編纂刊行委員会『飯島町誌 中巻』

 〔町内の主な神社〕一覧表から抜き書きしたものです。

洲原神社 祭神/伊邪那岐命・伊邪那美命・大穴牟遅命(※以上洲原神社本社の祭神)伊佐波止美命・保食神
古くは美濃国洲原神社より分霊したと伝えられる。

飯島町誌編纂刊行委員会『飯島町誌 下巻』

 『飯島町誌』の情報が全てなので、「鳥居権現(大神)」を

江戸時代後期・伊佐波止美命→御鍬信仰・伊雑宮→鳥居権現

と考えてみました。(諏訪郡)原村からは越郡行為になりますが、伊雑宮または御鍬神社とせずに、土地の名を採用したと結論づけてみました。
 また、町誌付図の『飯島町字名一覧図』を参照すると、「鳥居原」ではなく「鳥原」です。「井」のほうが古そう・周辺には五森神社しかないということで、「鳥井原→鳥居原」説も唱えてみました。