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五社明神(法国山阿弥陀寺鎮守) 諏訪市唐沢 28.1.22

 『諏訪郡諸村旧蹟年代記』の冒頭に書いてあるのが、阿弥陀寺についての一文です。ところが、序文もなく「一、涸澤…」で始まるので、何か欠落した部分があったのでは、と勘ぐってしまいます。書目解題では「原書は行方不明」とあるので、今となっては確認することはできません。

一、涸澤法國山阿彌陀寺鎮守天照皇大神宮・八幡宮・春日宮・住吉社・諏訪社是を五社明神と云、正願寺末にして開山上人之墓慶長十八年癸丑五月二十五日…

諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書 第三巻』

 ここに、阿弥陀寺の鎮守は「五社明神」とあります。寺院の鎮守であってもこの書に初めて現れる神社ですから、記憶に残ると共に、どんな神社だろうと気になっていました。

法国山阿弥陀寺 27.10.16

法国山阿弥陀寺の鐘楼
紅葉には早かった阿弥陀寺の鐘楼

 ひょんな事で、阿弥陀寺へ行く機会ができました。しかし、諏訪では有力な観光スポットであっても、ネットの情報には五社(神社)を見つけることはできません。
 徐々に日が迫り、ついに当日となってしまったので、現地で探すことにしました。

阿弥陀寺鎮守「五社」

 カメラを構えると、体が不安定になります。丁度手前にあった倒木を足の支えにして、観音堂を入れたアングルで撮ることができました。左に薄く写っているのが阿弥陀寺の屋根で、木を挟んだ右側に見える“格子”が舞台造りの観音堂です。

五社明神

 写真のように、「五社明神」は五柱の祭神を合祀した神社ではなく、五棟ある石祠の総称でした。その祠には銘がないので、社名(祭神)と祠を一致させることはできません。祭祀はまったく行われていないようで、幣帛や注連縄の残欠ですら見当たりません。今では、誰も目を向けない神社となっていました。

涸沢山阿弥陀寺と五社明神 観音堂や奥の院へ続く参道から撮ってみました。カメラは水平ですから、改めて結構な傾斜であることがわかります。
 日陰とあってかなり暗く写っていましたが、忘れられた神社とあっては気が滅入るので、明るく調整してみました。
 諏訪にある祠は、祀る意志が失せた人でも、御柱年には必ず御柱を建てているようです。それがここでも見られました。多分阿弥陀寺の関係者と思われますが、諏訪に生きる人の、神に対する最小限の義務(配慮)でしょうか。