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秋葉神社と清水 諏訪市清水 24.4.18

秋葉神社

 車が行き交う国道からそう離れていませんから、初めての参拝では、異界に紛れ込んだかのような印象を受けます。その正面に、今にも崩れそうな斜面に「置かせてもらっている」としか見えない社殿が並んでいます。社殿額を読むと、左から「道祖神・石尊大権現・秋葉大権現・妙義大権現」でした。写真には写っていませんが、左に稲荷神社・右には聖徳神社もあります。

「不詳」としていましたが、メールを頂き、道祖神とわかりました。

秋葉神社本殿 覆屋の格子を通して秋葉大権現の木祠が見えます。ここには神社の由緒書がないので、「境内の隅にある標柱に〔急傾斜崩壊危険区域〕と読めるように、社殿は崖にへばりついています」としか説明ができません。
 右方に見える、秋葉神社の上部に続く道の先が気になります。持ち前の興味に誘われて登ってみると、一通り揃った境内社が現れました。わずかな平地ですが、その分だけ奥まっているので、下からは見えなかった理由がわかりました。さらに赤茶けた落葉の斜面を仰ぐと、平地の縁に沿ってスイセンらしき緑の塊が見えます。踏み跡にも見える窪みを強引に登り切ると、御嶽神社とそれに関連した石祠や神号碑がまとまっていました。

金毘羅神社 成り行きと言うか(ここまで登れば)破れかぶれというか、さらに登ると、そちこちに石祠や木祠が際限なく現れます。山岳信仰のメッカとも表現できますが、稲荷社や金比羅社もあるので、秋葉神社の裏山を共同の神域としているのかもしれません。しかし、倒木で潰された木祠や御柱が建っていない(見捨てられた)石祠の現実が…。

秋葉神社境内の清水(御膳水)

 秋葉神社には「由緒書」がありませんが、地元の清水町が設置した「秋葉神社境内御膳水の由来」が建っています。ここでは、国道脇にある諏訪市教育委員会の案内板を採用しました。

諏訪市史跡「清水町秋葉神社境内の清水と施設

 テキストに変換する気力が衰えているので、案内板に代えさせてもらいました。元々余白のない案内板なので詰まった表示になっていますが、全文を載せてあります。

秋葉神社「明治天皇御膳水」 秋葉神社入口の鳥居脇にある水盤です。昭和9年に建てられた石柱に「明治天皇上諏訪御膳水」とありますが、現在はチョロチョロという状態です。水槽の底が白く澱んでいますから、夏になればボウフラが…。排水に問題があるので、水量を制限しているのかもしれません。


秋葉神社と導水柱 秋葉神社を見通す位置にある導水用石柱「御膳水」です。水源の集水槽が境内の地下という高さなので、吐水口が道路から立ち上がっていても勢いよく吹き出ています。
 諏訪市のこの辺りは、国道沿いであっても、一歩山手に入るとこのような傾斜地になっています。それがために写真のような景観を楽しめますが、平地だったら只の水路になっているでしょうか。

手洗水水盤 旧甲州街道に当たる国道の信号「清水1・2町目」脇にある導水用石柱「清水町」です。かつては街道を行き交う人馬の憩いの場所であったことは間違いありませんが、今は、私が物珍しさ丸出しで写真を撮っているだけです。
 ここでも水源からの高低差があるので、側溝下の水面から約1mの高さにある吐水口ですが、水が蕩々と流れ出ています。頭ではサイホンの原理を応用していると理解できていますが、現実には何か不思議な光景に映ってしまいます。

旧簡易水道水源 案内板の文末に書かれた「公民館北には、かつて簡易水道として使用した水源があり」を読んで、どれどれと引き返してみました。
 秋葉神社社務所兼公民館を横に見て山側に回り込むと、竹藪の手前に半分埋もれた穴が見えました。上から垂れ下がった根を払い除けて覗き込むと、ペットボトルが散乱しているだけだったので“安心”しました。“白いモノ”があって、110番通報する羽目になるのは困ります。その上部に当たる壇上に御柱が見えたので、踏み入ってみると「水神」碑がありました。

秋葉神社の御膳水 前出の写真「御膳水」の吐出口です。ヒゲがあるからコイでしょう。エラもあって可愛いのでアップで紹介しました。ホースが無粋ですが、これがないと水を“吐き出した”状態になるのかもしれません。