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高尾穂見神社・藤島神社 諏訪市清水 24.4.25

 「藤島神社」で検索すると、主として福井市にある新田義貞を祀った藤島神社を表示します。この検索ワードに「諏訪市」を加えると、“東方関係”に混ざって「諏訪市清水2-9-15」の藤島神社が現れます。ところが、ネット地図では、その番地には「高尾穂見神社」を表示します。複数の地図サイトに切り替えても「高尾穂見神社」の一点張りですから、なぜだ、となってしまいます。発想を変えて「諏訪市 高尾穂見神社」で検索したら「高尾穂見神社・藤島神社」が現れました。どうも、同一境内に二社が鎮座しているようです。
 長野県神社庁のサイトでは藤島神社のみが法人として載っていますから、この扱いの違いは、ゼンリンと思われる調査員の主観がそのままデータベース化されて地図に反映されたということでしょう。

高尾穂見神社と藤島神社

高尾穂見神社・藤島神社の神号碑 高尾穂見神社へ向かう、時には“一輪車幅”の坂道を右左折を繰り返しながら高度を稼ぎます。
 現れた小さな境内の入口に、「藤島神社・高尾穂見神社」と並んで書かれた社号碑がありました。


高尾穂見神社と藤島神社 一壇上の境内に入ると、覆屋の中には、碑と同じように木祠が二棟並んでいます。左が高尾穂見神社で、右が藤島神社でした。
 覆屋の壁には、これもまた一枚の板に『縁起』が並記してありました。

 高尾穂見神社分の『縁起』を転載しました。

生地鎮座 山梨県中巨摩郡櫛形
祭神 保食神 (配祀)白山権現・文殊菩薩
例祭 十二月一日

由緒 延喜式内社で文治三年(西暦一一八七年)古碑に穂見神社とあり、往時郷人は皆稲穂を献上した。別号御崎大明神。古来五穀豊穣商工業繁昌の神として、甲州信越駿州武州の諸国に信者多数あり。甲斐二十座内の古社であるが創立は詳でない。

 何か、首を傾(かし)げてしまう内容です。まず「生地鎮座」という語句が変で、「由緒」も「本社の紹介」で終始しています。書いた人の◯◯を疑ってしまうような「縁起」ですが、「氏子はわかっているので、これでいいのだ」ということでしょう。

 藤島神社の『縁起』です。

本社鎮座地 福井市岩堀(毛矢二丁目)

祭神 正一位源新田義貞別格官幣社
例祭 八月二十五日

由緒 暦応一年延元三年(西暦一三三八年)越前福井藤島で新田義貞は斯波高経と戦い、金崎城を落とされた。その年義貞は藤島城を攻めたが流れ矢に当り落命し、南朝の北陸経営は途絶した。時に義貞公御年三十八才。

 まず、こちらも「祭神」が神社であるのが変です。「祭神は源義貞(新田義貞)で、本社は別格官幣社」と言いたいことはわかりますが…。「由緒」も、(この神社ではなく)義貞公の略歴を書いています。

 苦言はともかく、ここで新田義貞さんの名前が出てきたので立ち往生してしまいました。実は、この神社は、諏訪明神の入諏(諏訪入り)に関連した「もう一つの“藤島神社”」として訪れました。ところが、「新田義貞は、越前“藤島”で戦死した」では、これ以上の進展が望めなくなりました。
 その失意に追い打ちをかけるように、天候も晴れから曇りとなってきました。仕方なく、気持ちを切り替えて、近くにある秋葉神社を参拝することにしました。

 因みに、藤島神社の本社である「福井市の藤島神社」は、明治9年に創建された新しい神社です。そのため、この藤島神社も「それ以降」の創立となります。

‖サイト内リンク‖ 「もう一つの藤島神社」(諏訪明神入諏の地)