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金比羅神社 茅野市上原 19.6.30

 「長野県史跡・諏訪市城跡上原城」とある案内板には、「上原城跡は、諏訪盆地を一望する金比羅山頂(978m)にある」とありません。しかし、「県の史跡」の中に完全に埋没してしまったのか、目の前の神社の身分を明かすようなものは何も書いてありません。

金比羅神社と二之御柱 私は、『風林火山』の「上原城」ではなく、諏訪大社を望む絶好のビューポイントとして来たので、ここ上原城址の一画に神社があるのが不思議でした。
 背後が「物見の岩」とある巨石なので、取りあえずそれを「磐座」として祀った神社としました。しかし、後ろに廻ると、拝殿に、屋根を乗せた石室(いしむろ)が連結しています。その中に本殿があれば(関連があっても)「物見の岩」とは関係がなくなります。

象頭山 「通常」の神社とは少し様子が違うことには気が付いていました。「御嶽山大神」碑や石祠は別としても、周囲には石仏が異常に多く並んでいます。灯籠の異形(上写真右)は「現代的なデザイン」で片付けることができますが、最大の疑問は鳥居額です。
 下界を見下ろすように建っている鳥居額を仰ぐと、「象頭山」と彫られています。一般的には祭神や神社名ですが、何かお寺の「山号」とも取れます。山号とすればお寺になりますが、どう見ても鳥居です。

金比羅神社

金比羅神社 拝殿の中を覗くと、赤い提灯が“丸金”です。桟唐戸の透かし彫刻も丸金です。目が暗さに慣れると、額や木札に「金比羅」の字が確認できたので金比羅神社と分かりました。しかし、何か変です。幣帛が中央にあるのに、右に木魚・左に磬子(けいす・鉄鉢)と全くの仏前仕様です。燭台も仏具で、茶碗も香炉代わりのように見えます。
 完全に習合してしまった「寺社」に奇妙なものを覚えながら下山しました。

金比羅神社は、頼岳寺の鎮守神

 自宅で、メモ代わりに撮った案内板を「最後まで」読んでみました。終わりの部分に「金比羅神社は、頼岳寺18世尊応が文化2年(1805)に頼岳寺の鎮守神として、四国の讃岐より金比羅大権現を勧請してこの地に祀ったものである」とあり納得しました。
 しかし、今でも頼岳寺住職が読経しているのだろうか・諏訪大社とは全く関係ない金比羅神社に御柱を建てるのは何故か・その御柱は頼岳寺が建てているのか、と新たな疑問が湧きました。
 頼岳寺の山号を調べると「少林山」でした。しかし、「象」とは全く関連性がありません。それなら金比羅神社の本社・金刀比羅宮に何かヒントが、と公式サイトを覗くと、神社は「琴平山(象頭山)の中腹にある」とありました。これで、鳥居を山門に見立て、額に本社にあやかった山号「象頭山」を入れたと推定できました。

金比羅神社は象頭山神社(か)

金比羅神社と二之御柱
前宮から「金比羅神社」遠望 19.11.3

 平成22年12月になって、金比羅神社は「象頭山神社」であることに考えが及びました。これについての文献はありませんが、やはり鳥居額の「神号」は尊重すべきです。頼岳寺はそのつもりでしたが、余りにもメジャーな金比羅大権現だけに「金比羅神社」が通称となり、それが定着して現在まで至っているのでしょう。