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子安様と三峯社 諏訪市中洲 25.3.16

上金子御頭御社宮司社

上金子御頭御社宮司社 久しぶりに、上金子にある御頭御社宮司社を参拝しました。前回は隣家の生垣などで正面からの撮影はできなかったのですが、神社前の空地が「売地」となっていたので御覧のような写真が撮れました。
 今日再訪したのは境内にある板宮(木造の祠)が三峯社であるのかを確認するためですが、春の日和であっても、後方に見える中央自動車道の側道には雪が溶けずに残っていました。

謎の「板宮」

 実は、以前より、拝殿横にある風変わりな木祠の“正体”が気になっていました。最近になって「あれは三峯社ではないか」と思うようになり、何か情報がないかと、細野正夫・今井広亀著『中洲村史』を開いてみました。以下は「上金子御頭御社宮司社」の一部です。

 子安様という藁屋根の社はお犬様ともいい、安産の神様で御柱(祭)毎に建替えられる。

 「子安様・安産の神様・6年に一度の建替」には当てが外れました。しかし、「お犬様」は三峯神社の眷属「オオカミ・山犬」で、「藁屋根」は「茅(カヤ)の祠」に通じます。

やはり三峯社(か!?)

上金子御頭御社宮司社の境内社「三峰社」 御頭御社宮司社を表敬参拝してから、境内の右方に立ちました。平成22年の建て替えなので色はくすんでいますが、造営時の形を完璧に保っている祠がありました。
 藁屋根ではありませんが、前面をスダレ(御簾)で覆っていることから、私には三峯社と映りました。

三峯社 “構造”がわかるように横から撮った写真です。身舎と板屋根の間に隙間があるのは、通気性というより「(かつて行われていた年一度の)屋根の葺き替えを簡便にする造り」ということでしょうか。御柱年にすべてを造り直している可能性もありますが、これは平成28年にならなければ確認できません。

 御簾の隙間を通して幣帛の輪郭だけは見えます。中を改めることには抵抗がありますが、手前にある強風で倒れていた小祠二棟を現状復帰させていましたから、その祭神が取り次いでくれるのを期待して御簾を持ち上げました。ところが、期待した“御眷属拝借之牘(札)”はなく、木の幣串に紙垂(しで)を挟んだものが置いてあるだけでした。

 外観は青茅が板葺きに代わったと思われる三峯社の祠ですが、中にあるのは、御札ではなく“無銘”の幣帛です。どこの神社(本社)から手配して納めたのかがわかりませんから、『中洲村史』にあるように「子安社」として祀っているのを受け入れるしかありません。しかし、繰り返しになりますが、祠の構造からは、かつては三峯社であったことが十分に窺えます。

上金子の三峯社

 上金子地区では年一回の三峯神社への代参が廃れたために、持ち帰った御眷属拝借之牘を納める茅の祠を造るのを止めたのでしょう。ただし、他地区で見られるように、一年に一回屋根の葺き替えをすることは続いたと思われます。それが茅から手に入りやすい藁に替わり、メンテナンスの面から全て板で造って6年間保たせるという方式になったのでしょう。また、記憶に残っていた「犬」から、“犬は多産”ということで「子安信仰」に変遷したと考えてみました。
 これが正解なのか、または難癖を付けることになるのか。それとも祭神を否定したことで神罰を受けてしまうのか。結果を恐れずに「かつては三峯社」と断定してみました。

 参考として、遠近在の三峯社の写真を添付しました。

三峯社
伊那市小沢諏訪市神宮寺