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三峯社のお仮屋「お小屋がけ」 諏訪市神宮寺 14.5.11

 「御小屋掛け」の漢字表記が正確でない可能性があるので、「お小屋がけ」に替えました(28.10.29)。

 旧大祝邸に隣接して、小さいながらも遊具がある広場があります。春日神社の境内と言った方が正確ですが、その隅に石祠が幾つか並んでいるので近づいてみました。

三峯神社のお仮屋「お小屋がけ」 その中で、「何だ、これは」と驚いたのが、総茅(カヤ)造りの「何か」です。御柱があるので神祠に間違いありませんが、第一印象は「何と見すぼらしい」でした。
 やや落ち着いた後に連想したのが熱帯系のミニチュア住居。最終的には“刈穂の庵”祠で落ち着きましたが、何か気になります。その左に立つ“メールボックス祠”も気になります。入口というかフタというか、つまみをつかんで開けたくなるのをこらえました。

 近くで草刈りをしている男性に声を掛けると、ラッキーなことに、大祝邸の隣家の方でした。気になるカヤの祠を問うと、この今橋地区の守り神ということでした。「お小屋がけ」と言い、祭ってあるのは三峯神社で、盗難除け・家内安全に霊験があると話してくれました。カヤの耐久性から毎年造り替えるのかと問うと、「冬前に周辺の住民で建て替える」と返ってきました。

 大祝邸の見学が終わったので、再び祠の前に立ちました。風に吹き寄せられたのか、まだ白さが残る大型四角形の御札が左隅に見えます。下には、高床の隙間から落ちたのか、長五角形の御札が草に引っ掛かっていました。自宅に戻ってから、ついでに教えてもらえばよかったと後悔したのが左の箱祠。雨ざらし同様の祠ですから、最後はこの中に御札を避難させるのでは、と想像してみました。

 その後、神宮寺公民館に問い合わせたところ、館長が大祝邸を含むこの地を管理している人から聞きとってくれました。

 左の箱は「秋葉神社」で、略式になっているが中には御札「秋葉神社」が入っている。火伏せの神という。(お小屋がけは)毎年12月の第2か第3の日曜日に今橋地区(362名)の人が建替えをしている。現在の祠は昨年12月のもの。役員は1年及び2年交代で、草刈などの管理も含め伝統となっている。

 郷土誌の一つには、このカヤ製祠について、「今でも頑(かたく)なにこの風習を守っている地区が何ヵ所かある」と書いてありました。

地の神

 神道関係の本を読んでいたら、お小屋がけにそっくりな「地の神」の写真に目が留まりました。静岡県では、今では石や木の祠が多くなったそうですが「各戸が藁と竹で12月に作り替えて12個の赤飯のおむすびを供える」と説明があります。ここ今橋地区も12月中旬の日曜日に建て替えると聞いていましたから、余りにも似た「お小屋がけ」と「地の神」に何か関連性があると豆電球が点灯しました。
 諏訪神社上社と遠州(静岡県)との繋がりは、「通底伝説」などで知られています。大祝の先祖が天竜川に沿って諏訪にたどり着いた時に、ここに住みついた遠州出身の従者が「地の神」を持ち込んだと考えてみました。しかし、読み返すと、やっぱり安易な発想で、灯りも一瞬の閃きで終わりました。

お小屋がけ'06 18.5.14

三峯神社「御仮屋」 この写真は「平成18年度型」お小屋がけです。高床が簡略化され竪穴住居風になっています。隙間があるというより、このように作られた床からは草が顔を見せていました。原型は“世襲”されているようですが、その時の“やる気次第”で…。

お小屋がけ'12 24.7.9

 今日の日付を確認したら、この「お小屋がけ」を紹介してから十年を経過していることに気がつきました。「大きな節目だから」ということではなく、その内容に大きな変化が見られたので改めて紹介することにしました。

三峯社「御仮屋」 囲いの奥には小さな祠が安置してあります。扉が半開きなので、持ち前の“習性”からつい確認してしまいました。それが功を奏して、部分的にしか見えない御札の字ですが「秋葉」と読めることを発見してしまいました。何かの手違いで祭神(御札)が入れ替わったことになります。

 平成14年に撮った写真と比べると、三峯社の祠は左のメールボックス風の秋葉社と同じ形状です。拡大してわかった屋根の錆び具合と扉のツマミの形から、秋葉社の祠が新調され、そのお古が三峯社に置かれたことがわかりました。多分、誰かの思い付きで三峯社用に転用したのでしょう。
 三峯社の御札は、お仮屋にそのまま(裸で)安置するのが本来の姿です。しかし、諏訪では祠をカヤで囲う方法が広く行われているので、それは問題ではありません。何より、秋葉社と三峯社の御札が入れ替わっているのが気になります。今橋地区に災いが降りかからなければよいのですが…。

お小屋がけ'15 27.11.10

三峯社「お仮屋」 平成27年型です。覗くと、梯子状のスダレが“敷かれて”います。本来は、お小屋がけの前面に垂らすものですが…。
 自宅で過去に撮った写真を検証すると、すべて同じ状態です。これで、間違った作り方であることに、13年目になって初めて気が付いたことになりました(私としたことが…)。
 これは、或る年にその用途がわからなくなって、「床に隙間があるので敷いてみた」というような発想で引き継がれているのでしょう。来月の更新時には「三峯神社あるべき姿」に戻してくれればありがたいのですが、ここで要望を述べたところで届かないでしょう。

 三峯社の「お仮屋」と「御眷属拝借」は下段のリンクで御覧ください。


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