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湖東の三峯社 茅野市湖東大星神社境内 '11.9.24

■ 主従が逆になったので、『大星神社』から分離させました。そのため、内容が大星神社絡みになっています。

謎の木祠

三峯社のお仮屋 「大星神社の境内社にしては雰囲気が違う」と、写真の祠前に立ちました。
 気になったらあくまで追求するのがこのサイトです。その流れで、「少々特異な造り」というだけですが「三峯社ではないか」と考えました。「三峯社なら中にお札があるはず」と確認したいところですが、賽銭箱は無くてもその姿を地元の人には見られたくありません。付かず離れずという位置で、ズームアップしたカメラで覗くと「三峯…」が見えたので、そのままシャーッターを押しました。

 結果として、詳細がわからない大星神社よりこの祠の紹介がメインとなってしまったので、大きさを提示するのが義務と考えました。ところが、今となっては腰の高さとも首の高さとも定かではありません。カーナビには大星神社の位置をメモリー登録しましたが、改めて調べに行く気にはなりません。とりあえず「全高1.2m(4尺)」としました。
 「用事を済ませた帰り道・星の名前に釣られた」という参拝なので、予備知識がありません。「大星神社に来た」のは事実ですが何か消化不良のようにスッキリしないまま、今度は「自宅に戻る」をセットしました。

三峯神社祈祷之神璽

三峯神社祈祷之神璽 自宅で確認すると、下の御札には「茅野市湖東中村拾七戸」と書かれています。上は「中村・講社御中」とありますが、「三峯神社」以下が読めません。拡大したら「祈祷之神璽(しんじ)」と判読できました。
 紙色の白さからも、中村の17戸が講中として健在であることがわかります。毎年当番が代参で行くのか、全員で親睦を兼ねてお参りに行くのかはわかりません。宅配という「手」もありますが、講外者があれこれ詮索することではありません。
 本来は萱(カヤ)で仮屋を作ってお札を納めますが、それも大変だということで恒久的な社殿を作ったのでしょう。もしかしたら、この祠を造るまでは毎年お仮屋を作っていたのかもしれません。自治体の『誌・史』を開くと必ず「講」の解説が載っていますが、現在の様子を何らかの事物で確認できるのは「三峯講」だけでしょうか。お札にある「火防盗賊除」から、諏訪大社より専門社「三峯神社」を「良し」としたのでしょう。