諏訪大社と諏訪神社トップ / 諏訪の神社メニュー /

大滝神社 茅野市北山 23.9.11

 茅野市から、私にはメルヘンのかけらも見えない「メルヘン街道」国道299号を八ヶ岳に向けて走ります。標高2127mの「麦草峠」を越えると佐久(さく)に抜けられますが、今回は遥か手前の「横谷(よこや)観音平」が目的地です。因みに、諏訪側から八ヶ岳を横断することを「ヌケサク(抜け佐久)」と(も)言います。
 「横谷観音平遊歩道」脇に、ここに来るまで知らなかった“素性不詳”の「大滝神社」がありました。“手造り”の鳥居をくぐり、「10分」とある急坂を登り詰めると写真の石祠が現れました。

大滝神社 異様な雰囲気を感じます。近づいて、初めて黒曜石製の祠とわかりました。余りにも目がそれに囚われていたので、祠を一周した後で「御柱」の存在に気がつきました。神社名から滝でもあるのかと予想していましたが、その音はどこからも伝わってきませんでした。

大滝神社の石祠 逆光を意識して撮った写真ですが、自宅で見ると緑色が被ったような色合いになっていました。それだけ葉の照り返しが強いということでしょう。
 向拝柱は、さすがにもろい黒曜石製とするには無理のようで、現場で調達したかのような木の枝でした。屋根と身舎(もや)の重量バランスがとれているので、元々は柱がない仕様かもしれません。
 風になびいているのは、諏訪では「おんべ(御幣)」と呼ぶ木を薄く削って束ねた「采配」です。御柱祭ではこれを振って景気づけをします。去年の小宮祭で、用済みとして残(奉納)したのでしょうか。

大滝神社「屋根の黒曜石」 屋根側面のアップです。ここだけガラス質が顕著なので一目で黒曜石とわかりますが、他は層状になっているだけなので、知識がないと「変わった石」としか見えないかもしれません。八ヶ岳の和田峠「冷山(つべたやま)」は原石の一大産地ですから、そこから運んだのは間違いないようです。
 台石の一つに「大瀧神社・祭神 建御名方命」と彫られています。しかし、黒曜石製を切り離しても、この場所になぜ「大滝神社・建御名方命」なのか理解できません。立木に結わえられた白札には「第二札場・大滝神社・外山財産区」と書かれています。横谷観音を拝んでから登ってきたこともあって、漠然と「大滝神社は二番の札所だろう」と思っただけで、遊歩道の先を目指しました。

 自宅で写真をまとめる中で、「第二札場」は、財産区が「財産改め」をする際の「札を付ける場所」と理解しました。神社名も展望台下にある「大滝」から取った、というより、大滝を祀る神社の「奥宮」という位置付けが近いかも知れません。ただし、大滝に神社があることは確認していません。

 糸萱区誌編纂委員会『糸萱区誌』には「昭和16年6月、発起人は新井の鷹野原氏で、横谷峡に奉祀するため、お堂も作る予定で見取り図まで作ってあった。新井区の区民が、毎年横谷観音と共に例祭を行っている」とありました。しかし、なぜあの場所に建御名方命を祀る必要性があるのだろうか・なぜ黒曜石で祠を造ったのかという疑問は解決しないままでした。