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坂室公園の三峯社 茅野市坂室 22.3.20

三峯社のお仮屋 左の写真は、茅野市坂室にある三峯社です。三峯社をカヤで覆う(仮屋にする)風習は、諏訪でも何社かに見られます。これに坂室の一社が加わったことで、「諏訪の三峯社は仮屋」と断定できるようになりました。

 以前「酒室神社」を検索する中で、酒室神社に隣接する「坂室公民館」のサイトを見つけました。三峯社の記事が載っていたので、今日改めて検索してみると、すでに「閉鎖」されていました。行政区(住民自治組織)の公民館でブログやサイトを立ち上げているのは珍しくありませんが、役員の改選とともに消滅することが多いようです。かろうじて、『Google』の「キャッシュ」にテキストだけが残っていたので転載しました。

*7月15日 公園三峯神社*
 坂室の公園には、いろんな神がまつられている。代表的なものは、疫病除けの津島神社、火災除けの秋葉社、盗賊除けの三峯社であるが、その他にも塞の神(道祖神)天満社(天神)大山祗(山の神)御嶽社などがまつられている。これらについての祭は、7月15日の三峯社例大祭とあわせた三峯様の祭として、まとめておこなわれている。

 この後に、三峯社のカヤを交換する写真が何枚か載っていたのですが、削除されたので“一見にしかず”を使うことができなくなりました。このように、「大元」がネットから“撤退”してしまったので、このサイトで「坂室公園の三峯社」を紹介することにしました。

三峯社のお仮屋

 酒室神社の境内をくまなく廻っても、「仮屋」を見つけることができません。「坂室公園=境内」と思い込んでいましたが、わざわざ「公園」と謳(うた)っていることから別の地に坂室公園があるようです。「近くの尾根上に御柱が見えた」ことを思い出し、その尾根に取りつく小道を登ってみました。

三峯社のお仮屋 「弓振川」と「宮川」に挟まれた尾根の頂部に東屋があります。公園と言うには「かなりのヤセ尾根」ですが、見下ろすと、南側に当たる下部にかけては石祠や神号碑が並んでいます。可能性は高くなりましたが、突端から中腹には見あたらず、尾根上に沿ってさらに高みを目指しました。
 カヤという目印があるので、お仮屋はすぐにわかりました。ハート型のくり抜きを通して木札が見えます。札を包む半紙の間に「三峯社御眷…」と読め、三峯社と確認できました。対面してしまえば「あっけない」と言えますが、動くものは車だけという中では訊くこともできず、一時は途方に暮れました。無事三峯社のお仮屋の写真を撮ることができましたが、この辺りを歩くのは初めてなので、「御射山道」の一つの可能性を探ることにしました。

「神道橋」

 明治初年までは、大祝の一行は酒室神社で神事を行った後、「長峰」を通って「御射山社」へ向かいました。私には、酒室神社から「東向ヶ丘団地」の間が不明でした。団地の造成や農地構造改善が進んだ結果、「今でも御射山道が残っているのだろうか」と不安でしたが、見た限りでは“合理化”されていない小道がまだあります。
 三峯社を上に仰ぐ弓振川沿いの道を遡りました。JRの線路を横切り、中央自動車道の高架が望める地点に橋があります。酒室神社から「丸山」へ向かう、狭いながらも古くからある幹線道路から分かれてきた道が、私が歩いてきた「広い小道」と合流する橋です。「橋の名前にヒントがあるかも」と銘板を読むと、にらんだ通り「神道橋」でした。ここから、団地のある尾根を横切って、「御射山道」と確認できている道に合流するのは間違いありません。
 この橋の両端のどちらかに繋がる道が「酒室神社からの御射山道」であることまではわかりました。しかし、私の歩いてきた道なのか、橋の左方に続く車道を含む道なのかはわかりません。田起こしが始まれば土地の人に確認できる、と今日は「ここまで」と引き返しました。