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虎尾神社 八ヶ岳「阿弥陀岳御小屋尾根」20.7.27

 「虎尾神社は、全国でもここだけ」と何かで読んでいました。「ほんとうかー」とネットで検索すると、八ヶ岳(阿弥陀岳)登山のコースを説明する中での虎尾神社しかありません。八ヶ岳は日本では「一岳」しかありませんから、「日本で唯一」は間違いないようです。
 原村の図書館に、地元の歴史や石神仏をまとめた手作りの冊子が置かれています。「それになら載っているかも知れない」と思い立ちましたが、すでにその“吉日”も遠の昔となった現状ではその後の進展はありません。

 原村の広報誌で、「八ヶ岳講座・八ヶ岳の石神仏を見る」を募集していました。タイトルの「虎尾神社の歴史と祀られている石神仏」を見て、待ってましたとばかりにその企画に乗りました。

虎尾大明神・虎尾神社

 約30人の列が、安全確保のためにロープを張るほどの山道や、林道かと思えばいきなり舗装道路が現れる目まぐるしい道を進みます。昨夜の久しぶりの“濃厚”な雨に冷やされた爽やかな「山の気」に、汗も気になりません。しかし、大きく振っても、素肌の腕に集(たか)るアブには閉口しました。

虎尾神社「一之御柱」 「99%の確率で御柱があるはず」と目論んでいましたがその通りで、完全にシルエットになっていますが左の「杭」が「二之御柱」です。「こんな山の上まで」と、改めて諏訪人の「御柱好き」を思い知らされましたが、本来はここに鎮座する神々には不要の「柱」です。

虎尾神社全景 正面から見た神号碑群の全景です。背後は崖で切れ落ちており、谷底の「立場川」から立ち上がっているのが、梢を透かして見える「西岳」です。
 ところで、なぜ「この場所」なのでしょうか。「御山」を信仰の対象と考えれば、その山を遙拝するような場所を選ぶのが自然です。しかし、西岳が山岳信仰の山とは聞いていません。それに、祀られているのは「虎尾」「蚕玉」「北斗妙見大菩薩」「虫倉」「御嶽」「大六天」という、適当に選んだとも思える神仏です。祀った人にはその赤い糸が見えるのでしょうが、私にはその“意図”がわかりません。
 講師は、碑の向きを「集落を見下ろしている」と説明しましたが、方向は合っていても見通しは全くありません。むしろ、居場所を失った石神仏を集めて、山中で密かに祀っているような感じを受けます。

虎尾神社 中央が、「ル」だけを残して折れた「虎尾大明神」です。測ると80cmありました。左も、黒ベタに写って読み取れませんが「虎尾大明神」です。手前は、裏側に落ちていたのを拾って元に戻したと説明があった「虫倉神社」です。
 「虎尾」が三基・「虫倉」が二基・その他は一基ずつ、と解説がありました。里では同じ名前の神号碑が複数で並んでいるのが見られますが、明治期の神社合併時に集落の各所から集められたのがその原因です。しかし、山中ではそのようなことはあり得ないし、ましてや、類例がない「虎尾」が3基もここにあるのが不思議です。疑問は尽きませんが、「虎尾明神」を自分の目で確認でき一つの目的は達せられました。なお、近くには4m近い「大教正生力彦神」の神号碑もありました。

 午後は、「原村八ヶ岳文化園」で北村宏さんの講演がありました。昔はスライドでしたが、今はパソコン+プロジェクターの時代です。今日の行程を振り返るような復習するような順で写真を映し、関連する写真と解説が加わります。長年調べている講師でも「虎尾大明神」は資料が少なく、仮説として

虫倉神社(祭神)の磐長姫ばかりにスポットが当てられているが、一方の祭神・大山祇命を権威づけした神に崇めるため、修験のなかでこれらが合体して信奉され、富田謙明行者が大山祇命をこの地で「虫倉山虎尾大明神」と名付けたのではないだろうか。
講演資料『虎尾神社の歴史と祀られている石神仏』

としていました。「虎尾神社」の明解な答えはありませんでしたが、地元に、八ヶ岳周辺の石神仏を精力的に研究しておられる方がいることに驚きました。

龍の頭・虎の尻尾

「虎尾大明神」掛け軸 講演の史料にある掛軸「龍頭山金昆羅大権現・赤嶽山座王大権現・虫倉山虎尾大明神」を、一目で分かるように「掛軸風」に変換してみました。
 ○○山とあるので、お寺の「山号」に似ています。神仏習合の山岳信仰だと神様の表示はこうなってしまうのでしょうか。赤嶽は八ヶ岳の「赤岳」で、「(木曽)御嶽山座王大権現」に倣ったのでしょう。「山号」と「神号」が密接に結びついているとすれば、「金昆羅大権現」は「龍頭山」ではなく「象頭山」でなければ理屈に合いません。単なる(昔の情報不足による)間違いか、見たこともない象より龍の方が見映えがするから、と改変したとも考えられます。これに沿うと、「虎尾」も怪しくなってきます。「虫」では弱いから、「(青)龍・(白)虎」と「頭・尾」に対応して「虎尾」にした、とこんな乱暴な推理も成り立ちます。

虫倉神社・トラノオ・白虎

 中条村の「虫倉山」を紹介したサイトに、総本社「虫倉神社」の詳細が載っていました。「由緒の案内板」をそのまま撮った写真には「虎尾」の文字はありませんから、総本社と「虎尾」は全く関係がないようです。

虎尾神社「一之御柱」
「虎尾と彫られている」と説明しないと読めません。

 その他、「トラノオは薬草なので、全快した人が虎尾明神として奉納した」(毎週見ている『太王四神記』から)「四神の白虎が西方の守護神なので、『西岳』を虎に見立てて信仰した」などを挙げてみました。いずれも思い付きのような話ですが、これでも結構時間を割いたので読み飛ばさずに読んでください。それにしても、新しい名前をつけるのなら、私なら「虎王大明神」としますが…。