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正一位稲荷 浦野太郎神社[浦太郎2] 岡谷市小井川

 岡谷市の住民でも興味を持てない私だけのこだわりローカルネタです。よろしければお付き合い下さい。

浦野太郎神社はどこにある??

 かつて「浦太郎」で検索して挫折していましたから、「岡谷市 浦野太郎」で再検索を試みました。その結果、二件だけですが、『岡谷市 Okaya City Website』の〔岡谷市指定・登録・埋蔵文化財分布図〕の中に「浦野太郎神社の欅」を見つけました。それをクリックすると、〔緑地・天然記念物〕の地図に「小井川宗平寺公園」と「浦野太郎神社の欅」が並んでいます。

 「これだ」と確信しましたが、PDFの地図なので拡大するとボケてしまいます。かろうじて青味が残っている線らしきものを「横川」と判断し、新たに開いたネット地図でその辺りを参照すると、小井川「平成会館」の近くとわかりました。パーソナルな浦野太郎神社は無理としても、宗平寺公園なら現地で聞けばわかるだろうとその名前をメモしました。

浦野太郎神社参拝 22.11.22

 岡谷市民なら、小井川区民限定の平成会館より「小井川だるま堂」のほうが知名度があるでしょうか。今日は、確信があったわけではありませんが、その北側の道を選び「とにかく横川へ」と堤防を目指して道なりに歩きました。尋ねるまでもなく、水処理関係と思われる施設の隣に「宗平寺跡」があり、子供の歓声が挙がる小公園がありました。

 「さて神社は」と見回すと、「私道駐車禁止」と書かれた先にこの辺りでは抜きん出た大木が見えます。徒歩と言えども私道ですから、道端を小さくなってその奥へ向かいました。ところが、浦野太郎神社で大当たりなのですが、フェンス(玉垣)で囲われた境内裏という場所なので中に入れません。先ほど気づかずに通った道まで戻ると、「神社があるよ」と知らせてくれる幟枠もない民家の間の小路が参道でした。

浦野太郎社

 玉垣の内側では、吹き寄せられて底なしと思えるほど落ち葉が積もっています。それを避けて端まで寄ると、小さな御柱ですがようやくその全景を撮ることができました。

浦野太郎社 新しい黒御影石の社号標に「正一位稲荷・浦野太郎神社」と刻まれています。予想外の「お稲荷さん」に少し身構えてしまいましたが、八ヶ岳の麓から諏訪湖の反対側まで来た甲斐がありました。
 その標柱の裏と平成の鳥居や灯籠に、「武居」さんが刻まれています。「武居巻(まき)」の祝神と位置づけました。

小井川村の「正一位稲荷 浦野太郎神社」

宗平寺 改めて、現地で確認した「小井川の浦野太郎神社」を「小井川村の絵図」で確認してみました。ところが、「宗平寺古跡」はありますが、その上にあるはずの浦野太郎神社がありません。
 「この絵図ではどの辺りになるのだろう」と、並記された寺院名をルーペで拡大すると「徳蔵院」と読めました。「徳蔵院 岡谷市」でサーチすると、諏訪の地元紙・長野日報の2009年2月7日付けの記事に「縁起物求めにぎわう きょうまで岡谷だるま祭り」の見出しで見つかりました。

 福を呼ぶ岡谷市の春の風物詩、第57回岡谷だるま祭りが7日、2日間の日程で同市東銀座一のだるま堂で始まった。雲一つない青空が広がった初日は、縁起物の福だるまを求める市民らでにぎわった。最終日の8日は古だるまを焼く浄焼式が行われる。(中略) 祭りは同市小井川区(山田英夫区長)などが主催。1952年から続いている。現在の小井川区民会館の場所にあった金光山徳蔵院(1872年廃寺)の住職が同院本尊の「だるま尊」を模して福だるまを作り、福を求める人たちに授けたことに由来する。(後略)

 小井川区民会館=徳蔵院から宗平寺古跡との相対位置がハッキリしたので、前出の絵図に、大ざっぱですが浦野太郎神社をで表示してみました。

 小井川区誌編纂委員会『小井川区誌』〔祝殿一覧表(現存する祝殿)〕から転載しました。

 正一位稲荷浦之太郎社
勧請年代不明
祀る神稲荷
祭礼二月初午
祭祀形態武居姓全部・同族
備考『小社神號記』に記録あり

‖サイト内リンク‖ 今井『浦之太郎稲荷大明神』