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正一位浦之太郎稲荷大明神[浦太郎4] 岡谷市堀之内 23.7.29

 たまたま表示した『ワイワイマップ』を見ていたら、「正一位浦之太郎大明神」の写真に目が留まりました。見覚えがない構図なので添付の地図を確認すると、「新たな浦之太郎神社」でした。道祖神ならぬ“稲荷神の招きにあいて”ではありませんが、「そろそろ続きを」とお呼びがかかったような気がしました。しかし、相手は“お稲荷さん”とあって、直ぐに招待を受けることには何かためらうものがあります。台風通過後に一気に秋になってしまったかのような涼しい日が続いたのを頃合いと見て、岡谷市へ向かいました。

現在は運用停止。

「正一位浦之太郎大明神」

御社宮司神社元宮
現在の社地がわかるようにワイド版にしました。

 目印が「アピタ・広円寺・コンビニ」とあって、迷うことなく写真で見た通りの赤い鳥居を目にすることができました。直前に停めてある軽のバンに“何か起こらなければいいが”と心配するほど、お稲荷さんカラーが強烈でした。

御社宮司神社元宮 現在は交差点の一画という狭い社地と思いましたが、離れた場所に判読不明の石碑が二基あることから、まだ細長い境内が残っていることがわかります。
 横長の屋根が特徴の木祠の前で、まずは拝礼と頭を下げましたが、お稲荷さんとあってどうしても身構えてしまいます。社殿周りは手が入っているようで雑草は見当たりません。鳥居や玉垣の塗り替えからもよく管理(大事に)されていることがわかります。

狐の彫刻 遠景と近景の写真を撮り終えると、ポツポツと来ました。それ以上降らせるのをためらっているような空ですが、それを契機として引き揚げることにしました。
 見忘れがないかと注視したら、貫に彫刻が懸かっていることに気がつきました。正面では注連縄が邪魔になるので、斜めから撮った一枚を選びました。結果として左右を圧縮したような形になったので、何か“もっそり”した顔に見えます。色の違いから「この彫刻は、旧社殿に飾られていたものを引き継いだ」と気がついたので、当時の匠の技を紹介と、もう一枚掲載しました。
狐の正面 正面から見ると、木目がそうさせるのか柔和な顔をしています。(私がそうでないので、この言葉は嫌いですが)中々の「イケメン」です。褒めておけば何か良いことが起こるかもしれないという下心は(神様には)丸見えですが、敢えて使ってみました。現在は見ての通りですが、かつてはかなり大きな神社だったのかもしれません。

浦野明神

広円寺と浦野明神 諏訪史談会編『復刻諏訪藩主手元絵図』から、江戸時代のランドマーク「西宮山廣円寺」を探すと「西堀村」でした。現在の「広円寺の東」と一致しますから、この絵図に載る「浦野明神」が「正一位浦之太郎稲荷大明神」であることが確定しました。以前から浦野太郎神社ではないかと睨んでいましたから、この結果には満足しました。
 廣円寺の山号が「西宮山(さいぐうざん)」です。「宮(浦野明神)の西」と取れば、両寺社に何か関連性があることになります。「大きな神社だったのでは」とは前述した思い付きのような推定ですが、直線距離で150m離れている廣円寺が浦野明神の別当寺であった、…ことは多分ないでしょう。


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