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文献に見る「浦太郎」 [浦太郎7]

 文献や現在の呼称で「浦太郎・浦野太郎・浦之太郎」などの違いがあります。私の書き違いも含めて、基本的には「浦太郎」に置き換えても差し支えないと思います。

『小井川区誌』

 小井川区誌編纂委員会『小井川区誌』の〔祝殿一覧表〕から、浦太郎の名がある四社を転載しました。

 浦之太郎社
勧請年代不明
祀る神保食(うけもち)神(大宣津比売(おおげつひめ))
祭 礼二月初午
祭祀形態宮坂・同族
備考『小社神號記』に記録あり。養蚕の守り神としても祈願していた。
 正一位稲荷浦之太郎社
勧請年代不明
祀る神豊川稲荷
祭礼二月初午
祭祀形態武居・同族
備考『小社神號記』に記録あり
 正一位稲荷浦之太郎社
勧請年代不明
祀る神稲荷
祭礼二月初午
祭祀形態武居姓全部・同族
備考『小社神號記』に記録あり
 浦之太郎社
勧請年代不明
祀る神稲荷
祭礼二月初午
祭祀形態宮坂・同族
備考『小社神號記』に記録あり

『小社神号記』

 「旧岡谷村」である岡谷市『復刻平野村誌』に、私が知りたかった『小社神号記』の解説がありました。

 明和元年(一七六四)十月から文化十二年(一八一五)まで、天王祝・藤原信嗣が年々追録したもので、平野村各耕地の産土から祝殿のすべてについて、その祭神や由緒が書かれている。文化十三年以降は小萩祝・武居伊織が継承し、同家に伝わっている。ただし、宝暦年代以前の古い記事はない。

『今井区誌』

 今井区誌編纂委員会『今井区誌』では「諏訪藩の各村に散在する小社を書き上げたのが小社神号記である」とあり、それに載っている今井区の神社名を挙げています。この中に「浦之太郎社」もありますが、編集者も気になったのか、続けて以下のように書いています。

 浦之太郎社は「此神稲荷同体」とあるから稲荷社と同じであるという事である。何故稲荷社としないのであろうか。下今井の浜姓の人が祀っているから湖水との関係かも知れない。

 この文からは、「今井区では浦之太郎社は一社で、巻は浜」と読み取れます。「今井」は「旧間下村境」と思われるので、ここに出る「浦之太郎社」は[浦太郎3]で紹介した浦之太郎稲荷大明神のことでしょう。

浦太郎と巻

御社宮司神社元宮 岡谷市湖畔に鎮座する御社宮司神社の境内にある「御社宮司神社元宮」です。これを祀る「浦太郎小まき中」を読んだばかりに始まった「浦太郎」探しですが、現在、浜(濱)・武居・宮坂・山岡姓の同族の人々が祀っている稲荷神社ということはわかりました。
 しかし、なぜ「浦太郎」なのかはわからないままです。『小井川区誌』では「豊川稲荷」とあるので、「伏見」ではなく“豊川(寺)系”がキーワードになるとも思えます。

下浜村鎮守「三狐神」

弁天島 岡谷市湖畔にある御社宮司神社は、『諏訪藩主手元絵図』では「三狐神」と書いてあり、その周囲に「下浜村家数十三軒」と書かれた家並みが描いてあります。まだ「弁天島と浜中島」がありますから、下浜村が大きな変遷を遂げている時代です。
 「現在の御社宮司神社」の祭神は「建御名方命」としていますが、この時代は「三狐神」ですから、稲荷神を祀っていたのは間違いないでしょう。『絵図』の各村にある神社は、神社名ではなく「神名」で書かれています。そのため、下浜村「浜浦」に鎮座する三狐神を祀る神社を、下浜村の人々は別称として「浦太郎神社」と呼んでいたことが考えられます。
 『平野村誌』にある御社宮司神社の解説です。

 下濱字濱浦にある。元御社宮司大明神。明治以降御社宮司社と稱し、大正十一年三月御社宮司神社と改称の件認可を得た。「小社神號(号)記」に『往古御三狐神とも書り。然れば爰(ここ)に記すことあり、専女神は保食神御同體なり』とあり、また明治八年調査の「平野村誌」には祭神を猿田彦神と記してゐる。
 明治五年村社に列し、大正九年十月二十九日神饌幣帛料供進神社となる。

 明治の神社統廃合では、『神社明細帳』に登録したり、補助金が出る「古社」に認定されるには「素性が正しい祭神と神社名」が求められました。そのため、地域の伝承に基づくユニークな神社名と祭神をメジャーな名前に替えることを余儀なくされた例は多くあります。下浜村でも、得体の知れない「浦太郎」では却下されるとして、「御社宮司社・建御名方命」とした可能性があります。その後に、「御社宮司神社」に改称したという流れでしょう。

下浜村

 御社宮司神社の前にある「浜中島弁財天社」を調べる中で、下浜村の“数奇”な歴史を知りました。諏訪湖の満水(洪水)を防ぐ工事で下浜村の諏訪湖側が大きく削られ、村民が諏訪の各地へ移転を余儀なくされたとあります。その際に、鎮守社から分祀した御霊代を「巻の祝神」としてその新天地に祀るのは自然の流れです。移住先に「今井村や小井川村」が見えますから、「鎮守社を浦太郎神社」とすれば、内陸部に「浦の」太郎神社があってもおかしくなくなります。