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小井川 正一位稲荷浦野太郎社[浦太郎7] 岡谷市小井川

浦野太郎社地図
が浦野太郎社(だった)

 小井川区誌編纂委員会『小井川区誌』にある〔諸社分布図〕に、正一位稲荷浦野太郎社があります。7の下がその鎮座地になっていますが、度重なる探索でも確認できずに終わっていました。

(諏訪で七社目の)浦野太郎社 30.4.2

 コピーした地図を手に、7の下に当たる道路上に立ちました。しかし、自宅で「ここしかない」と推定していた小路の先は、…民家の庭先でした。気を取り直して左右に目を光らせていると、すれ違った車が背後で駐まりました。降り立った男性を見て、「この機を逃すまじ」とアタックします。
 事情を説明すると「あの道を…」と丁寧に教えてくれますが、その方向はすでに参拝済みの浦野太郎社です。丁寧な対応でしたから、礼を言ってその方向へ進むふりをしました。

未参拝を含め、この近辺に三社ある。

 左方に、人家の間を通して林が見える空き地があります。しかし、その場所へ入る道がありません。結局は一ブロックを半周し、「ここからなら」という道一本反対側となった場所に立ちました。
浦野太郎社 奥まった場所に、小さな赤屋根が見えます。周囲に“杭”が確認できますから、「あれだ」と確信しました。諏訪には(私が作った)「神社を見つけるなら、御柱を探せ」という名言があります。これを迷言と取るかは自由ですが、祠より高い御柱を建てることが多いので、一つの目安にはなります。

浦野太郎社 (障りがあるので省略した過程を経て)ようやく、祠の前に立ちました。
 しかし、社名や祭神を表す文字がまったくありません。それでも『小井川区誌』に載る写真と同じですから、正一位稲荷浦野太郎社と確認できました。
 この場所は、通りからは家並みでブロックされています。また、祠が一つという神社ですから、20mも離れていない地元住民でもこの存在を知らないことが理解できました。

浦野太郎社

 冒頭に挙げた地図では想像もできませんでしたから、一部畑もある広大な空き地が異界のように感じます。もちろん公共の土地でないことは明かなので、速やかに引き上げました。

 小井川区誌編纂委員会『小井川区誌』〔祝殿一覧表(現存する祝殿)〕から転載しました。

 正一位稲荷浦之太郎社
勧請年代不明
祀る神豊川稲荷
祭礼二月初午
祭祀形態武居・同族
備考『小社神號記』に記録あり

 『小社神号記』については、岡谷市『復刻平野村誌』から転載しました。

 明和元年(一七六四)十月から文化十二年(一八一五)まで、天王祝・藤原信嗣が年々追録したもので、平野村(岡谷市)各耕地の産土から祝殿のすべてについて、その祭神や由緒が書かれている。文化十三年以降は小萩祝・武居伊織が継承し、同家に伝わっている。ただし、宝暦年代以前の古い記事はない。

浦太郎社と巻

 今回、文献等で知った浦野太郎社をすべて参拝できたので、少しまとめてみました。

御社宮司神社元宮 この石祠は、岡谷市湖畔に鎮座する御社宮司神社の境内にある「御社宮司神社元宮」です。由緒書きはありませんが、「浦太郎小まき中」が「浦太郎社」として祀っていることがわかります。
 これを知ったばかりに「浦太郎」探しが始まり、計七社を巡拝する中で、岡谷市の小井川・西堀・今井に浦太郎社があり、浜(濱)・武居・宮坂・山岡姓の巻が祀っている稲荷神社ということがわかりました。しかし、なぜ「浦太郎」なのかはわからないままです。

下浜村鎮守「三狐神」

三狐神
諏訪史談会編『復刻諏訪藩主手元絵図』

 岡谷市湖畔にある御社宮司神社は、『諏訪藩主手元絵図』では「三狐神(みけつかみ・さんこしん)」と書いています。
 現在の祭神は「建御名方命」ですが、この「三狐神」から、稲荷神を祀っていたことが読み取れます。『小社神号記』では「往古御三狐神とも書り。然れば爰(ここ)に記すことあり、専女神は保食神御同體なり」と書いているので、一つの裏付けとなります。
 「三狐神=稲荷神」として追うと、字「浜」に鎮座する神社を、下浜村の人々は「浦の太郎稲荷社」と呼んでいたことが推察できます。全国的に土地の名を冠した「◯◯太郎稲荷神社」が見られるので、これを単なる思い付きと決めつけることはできません。

下浜村

 御社宮司神社の前にある「浜中島弁財天社」を調べる中で、下浜村の“数奇”な歴史を知りました。諏訪湖の満水(洪水)を防ぐ工事で下浜村の諏訪湖側が大きく削られ、村民が諏訪の各地へ移転を余儀なくされたとあります。
 その際に、鎮守社から分祀した御霊代を「氏神・屋敷神(分家が生じれば巻の祝神)」として、その新天地に祀るのは自然の流れです。移住先に「今井村や小井川村」が見えますから、「鎮守社を浦太郎神社」とすれば、内陸部に「浦の」太郎神社があってもおかしくないことになります。