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若宮社 茅野市本町 1.6.8

 中世の神社事情が推測できる、諸神を勧請する『祝詞段』があります。関係する部分に句読点を加えたものを転載しました。

上原ノ郷に、チカト・若宮・久須井十三所(葛井神社)・上下御社宮神・矢ヶ崎鎮守・守木・大歳(大年神社)・御サン所ノ明神(御座石神社)・粟澤鎮守(矢作社武田八幡社合殿)、…

諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書第三巻』

 ここに出る「チカト・若宮」ですが、「チカト」は千鹿頭神社とわかりますが、「若宮」に相当する神社を見い出せません。古文献にも登場しないので「千鹿頭と若宮は一体の神社」と考え、「千鹿頭若宮(神社)」と理解することにしました。

森ノ木社
茅野市教育委員会『茅野市字名地図』(部分)

 「若宮」が旧字(あざな)として残っているのではないかと字名地図で確認すると、図示した「若宮平・若宮上」が見つかりました。
 しかし、『祝詞段』は北から南など一定のコースをたどって登場していますから。その流れからは外れます。

 『長野県町村誌』には、神社の記載が「エッ、これだけ」という町村が多々あります。期待しなかったのですが、「元矢ヶ崎村、塚原村、横内村、上原村四村合併、…後上原の郷と云う」と概説がある〔永明村〕を開くと、…ありました!!。

【若宮社】雑社 社地東西七間、南北十三間、面積三畝一歩、本村の辰の方にあり。祭神不詳。
長野県『長野県町村誌』

 本村の「辰の方(東南東)」と大ざっぱですが、御座石神社も「辰」なので、字「若宮平」とは方位・場所としては合っています。これで、明日の予定が決まりました。

若宮社参拝 31.4.29

 『茅野市字名地図』は詳細な地図をベースにしているので、その字地は「ファミリーマート」の裏とわかりました。ところが、鳥居が二基並ぶその場所に立ってみれば、以前城山から上原まで用水路に沿う道を歩いた際に訪れ、写真も撮っていたことを思い出しました。帰ってからの話ですが、データを確認すれば平成20年のことでした。

若宮社

若宮社 今日は10年前と違い、若宮神社を特定するという使命があります。まずは手前の神社です。
 拝礼してから横並びの石造物をチェックすると、左から「大六天・宮神社・不明・疱瘡神」が読めました。

若宮社 最後となる総仕上げです。腰をかがめ、読み取れなかった刻みを改めてなぞってみると「若」と読めました。
 ここが若宮神社と確定してみれば、側面の文字も気になります。しかし、彫りが浅いので判読は無理でした。
 『祝詞段』に出る「若宮」と同一の神社とは確定できませんが、“境内社”を従えていることから(現在はそうとしても)巻(まき)の神社でないことは明らかです。意気揚々と引き揚げました。

 自宅で編集している中で、身舎の前面に神号が彫られたこの石祠が、一週間前に参拝した森ノ木社と酷似しているのに気が付きました。両祠を比較すると、屋根の線刻が異なるほかは同形式です。銘の彫りが浅いのも共通しているので、同時期に同じ石屋で作られたものと断定しました。

 側面の銘が一部判読できました。「明和」であって欲しかったのですが、「昭和二十七年」でした。右端の「疱瘡神」や森ノ木社も昭和の建立と見て間違いないでしょう。