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荒玉社(本宮) 諏訪市中洲 19.2.17

二つの荒玉社 諏訪大社関連の本を読み進める中で、荒玉社が二社あることに気がつきました。私が知っているのは「上十三所」の荒玉明神で、茅野市の前宮に鎮座しています。もう一つの“住所”は「諏訪市中洲新玉」と知りましたが、その「中洲」は、上社に関連する史跡などを求めて何回か歩いています。しかし、そこにもう一つの荒玉社があろうとは夢にも思っていませんでした。

 ネット地図では、大字(おおあざ)の「中洲」までしか表示しません。字(あざ)を足した「諏訪市中洲荒玉」をキーワードにして検索すると…、一件もヒットしません。「新」の間違いに気がつき「新玉」で再検索すると「小松内科クリニック」が見つかりました。再び地図に切り替えてその名を探すと中洲郵便局の近くにあり、通勤路からいつも横目で見る「何かの病院」がその小松内科クリニックでした。これで、小字名「新玉」の凡その位置が確定しました。

荒玉社を探せ

 曇り空からの強風に逆らったり後押しされたりして、つい早足になってしまいます。その中で、「小さな石祠のみ」という可能性を気配りに加えて“見配り”しますが、楽勝のはずが惨敗の出直しとなりそうな気配です。
 中央自動車道を越えての探索から戻ると住所表示が「神宮寺」と替わり、すでに前は諏訪市博物館です。前方から、「ビクを荒縄で腰にした姿から地元の人に間違いない・これで決着(か)」という年配の男性が歩いてきます。しかし、知っているとの即答でしたが、「あれは藤島神社だったかな…‥・」と先細りとなりました。

 「原点に帰って」ということで、小松クリニック近くにある一番歴史がありそうな構えの玄関前に立ちました。待つ間に前庭を眺めると、「元号入り」から、かつて神社の境内にあったことを思わせる神宮寺石の灯籠が一基ありました。顔を出したのは、確定の確率が飛躍的に上がる超年配の男性でした。彼から、藤島神社の横にある小祠が「荒玉社」とお墨付きを頂き、早速目を入れるための写真を撮りに戻りました。

荒玉社(本宮) 御田植祭で何回か藤島神社を訪れていましたから、その右に小祠があるのは気がついていました。さらに、本日は二度のニアミス後の荒玉社ですから、新鮮味は全くありませんでした。しかし、思いの外の手間取りに達成感はありました。

 境内に大穴が開いています。「発掘」と一瞬思いましたが、何かゴミを燃やすための穴にも見えます。しかし、諏訪では「野焼き」は禁止されていますから、何かの調査でしょうか。その穴が邪魔になるので、離れた位置から望遠で撮ったのが上の写真です。斜め位置なので、このアングルでは見えませんが、水路・側道・中央自動車道の巨大な盛土の法(のり)面と続いています。

“転社同士”藤島社と荒玉社

 右の太い御柱は、左にある藤島神社のものです。宮坂光昭著『御柱と年中行事』の藤島神社に関する項を改めて読み直すと、何と「藤島社は中央道によって移転し、境内には本宮前方水田中にあった荒玉社も合祀されている」とあります。藤島神社の移転は知識にありましたが、この文をよく読んでいれば、荒玉社を探す手間が省けたことがわかりました。しかし、未知のものを求めて歩き回ることは、その結果が徒労であっても楽しいものでした。


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