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有賀御頭御社宮司社 諏訪市豊田有賀 23.12.23

 ネット地図で御頭御社宮司社を探しました。しかし、鎮座地である「有賀」には神社の名前や凡例もありません。御社宮司社は「諏訪市大字豊田字町屋3677」とあるので、番地表示がある地図に切り替えました。7と8が欠番なので「3676」で表示させて拡大しますが、相変わらず無表情のままです。有賀の産土社である千鹿頭神社の存在が余りにも大きすぎて、“吸収”されてしまったのでしょうか。

 プリントアウトした地図を片手に推定地とした辺りを歩き回った結果、「ここしかない」という場所の前に立ちました。

女帝塚
28.7.5

 しかし、今まで見てきたような「御頭」を冠した御社宮司社に相当する社殿は、ここにはありません。大小幾つかある祠の一つが御頭御社宮司社である可能性がありますが、背後に人家はあってもインターホンを押すのがためらわれます。決断ができないまま、次の目的地である千鹿頭神社を目指しました。

十三神社

十三神社 その後、各種の資料から「御頭御社宮司社は千鹿頭神社境内にある十三(とみ)神社に合祀された」ことがわかりました(写真)。
 御頭御社宮司社・島ノ御社宮司社・小敷原(こしきばら)社・赤石社・胡桃沢(くるみざわ)社・不聞(きかず)社・伊雑皇大神(おくはざまおおかみ)社の「七御社宮司」と他の6社を合祀して、「計13の十三神社」としたそうです。「13」という数に合わせた作為も匂ってきますが、“集合神社”のような合祀方法は「総社」という全国的にも認められた前例がありますから、やむを得ないでしょうか。

 ところが、平成25年発刊の豊田村誌編纂委員会『豊田村誌 下巻』に、

御頭御社宮司社は女体社の境内に併存した社で、今は千鹿頭神社の境内社である。昔の石の祠が千鹿頭本殿の東側に平成二十二年に祀られた。

と消息が載っていました。写真を見る限りでは“新造”されたもののようですが…。

有賀御頭御社宮司社 28.7.5

有賀御頭御社宮司社 今日、千鹿頭神社の拝殿脇に、「御社宮司社」があるのが確認できました。屋根だけが当時のままと思われるので、造営された年は不明です。
 ただ、せっかく整備したのですから、案内柱には「御頭御社宮司社」と刻んで欲しかった…。

若宮と御頭御社宮司社

 『諏訪藩主手元絵図』には、一つの社を挟んで「女躰宮」と「若宮」が書いてあります。若宮はこの時代では有名な神社ということになりますが、神社合併で十三神社に合祀されたという記述がありません。
 『豊田村誌 下巻』では、「御頭御社宮司社は、女体社の境内に併存した社」とあるので、若宮が御頭御社宮司社である可能性があります。若宮=御社宮神としても矛盾はしませんが、何か引っ掛かる名称です。