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武居会美酒 諏訪市神宮寺 17.10.16

 諏訪神社上社「下十三所」の一つ「武居會美酒」。「武」は表外漢字なので画像で作りました。以降は「武居会美酒」で、カナの「タカヰエビス」も「たけいえびす」としました。
 下社秋宮の「武居恵比寿」は知っていますが、神宮寺にあるというこの“難読・書”神社は聞いたこともありません。多分石祠が一棟だけという、現在は全く影の薄くなった神社であることは間違いないようです。一番の手掛かりは、片側が切り立った台地上にある「“武居”畑」です。

「武居畑」
「武居畑」がある片山の台地

 法華寺の前を通り、「上社の杜・歴史の散歩道」に導かれて神宮寺跡から墓地を抜けます。突き当たりから、整備された山道を登りきると急に開けるのが、標高838m・東西300m・南北200mという「片山」で、その上部に広がる畑地を「武居畑」と呼ぶそうです。丁度、本宮と前宮に挟まれた位置になります。

武居畑の「武居会美酒」 「もしや」と思った展望台の絵地図や「武居畑遺跡」とある説明板には、「武居会美酒」の名は載っていません。他に当てがないまま台地の底に続くなだらかな「歴史の散歩道」を下りました。
 前方に小さな石祠を見て、脳の中心部にあると思われる豆電球状の何かがチカッと光りました。苔の生えた屋根を目の前にすると、由緒も一つや二つで済みそうもない雰囲気があります。

武居会美酒 「高さ1.05mの春日造り」と断定できるのは後で調べた結果ですが、その祠には、風化して消えた可能性もありますが一文字も彫られていません。脇の石柱に判読不明な刻みがあるのみという状況から、一時は確定した会美酒社も確率の領域に入ってしまいました。
 脇から上に続く木段の先に人家が見えます。確認するにはこれ幸いと近づくと、…廃屋(別荘)でした。やや離れた左方には鳥居があり石祠が二つ続きますが、こちらは問題外の祝神と思われます。

 茅野市の前宮周辺には「安国寺史談会」が設置した案内板があって、訪れる者には誠にありがたい指標となっています。しかし、川を挟んで諏訪市となったこの地は、市が設置した「武居畑遺跡」の説明板のみです。すぐ近くには「上社の杜・歴史散歩道」の道標がありますが、道程の地図には「武居会美酒」がなく途方に暮れました。
 このままでは帰れません。合流した林道を少し下ると、脇道に、キノコ取りでしょうか、ビクを下げた男性二人組がいます。しかし、「地元ではえびす堂と呼んでいる」としか得られませんでした。諦めて戻ると、先ほどすれ違った軽トラが駐まっています。野菜の消毒をしている彼からは、「えびす堂」と「事代主命を祀ってある」と聞き出せました。
 帰りの道中で、「えびす」にどの字を当てはめているのか確認すればよかった、と後悔しました。しかし、読めても、幾通りもの書き方があるのが“えびす”です。恥をかかせなくてよかった、としました。

 その後の調べで、この祠が蛭子(えびす)社で小字(こあざ)も蛭子堂であることが分かりました。諏訪大社との結びつきも記述してあり「武居会美酒社」と確定しましたが、「会美酒」という字の違いには触れていませんでした。
 私には、武居畑にある「上社の杜・歴史の散歩道」の道標は、「この事業を行ったことを表明するための道標」としか見えません。「諏訪神社上社の下十三所の一つ・武居会美酒社」と書き入れてくれれば、その趣旨が活かされると思いますが…。ここでは「上社の杜」が泣く「上社の杜・歴史の散歩道」になっています。

 何かの「覚え」として書き加えたものですが、今となっては出処が不明となってしまいました。

一、武居城 南之方に恵比須石の宮有長坂主斗御預り

‖サイト内リンク‖ 武居会美酒社の例祭「事代主命社祭」