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埴原田千鹿頭神社 茅野市米沢埴原田 20.4.14

 諏訪の千鹿頭神社巡りも最後となりました。まずその所在地を「茅野市米沢埴原田(はいばらだ)」で検索すると、『MapFan Web』だけが「マックスバリュ茅野店」の近くに「千鹿頭宮」を表示しました。

 この辺りでも「メルヘン街道(R299)」の標識が目に付きます。車なら「にぎやかな通り」ですが、歩くと、廃業して荒れ果てた店舗が幾つも目に付きます。その一つの屋根上に千鹿頭神社の杜が見えました。

千鹿頭神社

埴原田千鹿頭神社の鳥居 千鹿頭神社境内の“長軸”は道路と並行していました。玉垣がないのでどこからでも入れますが、やはり正門というべき鳥居からお参りしたいものです。
 ところが、…参道がありません。鳥居の前が、これも廃業したと思える山野草園です。そのフェンスに背中を貼り付けて、無理を承知で撮ったのがこの写真です。「千鹿頭宮」の鳥居額を確認して鳥居をくぐると、境内はゲートボール場で占領されていました。


 5年ぶりに千鹿頭神社を訪れたら、「マックスバリュ」は「イオンタウン茅野」に替わっていました。

埴原田千鹿頭神社の鳥居

 山野草店も取り壊されて、といってもビニールハウスを撤去しただけですが、更地になっていました。境のコンクリートが残る段上から、改めて鳥居を撮ってみました。


 本殿覆屋の前に神灯が一対あります。竿が筒状なので「これは古い」と期待したのですが、享保14年(1729)でした。拝殿を兼ねていると思われる覆屋を見上げると、蟇股に神紋「諏訪梶」が彫られていました。

千鹿頭神社本殿 そのやや奥まった場所に、質素な本殿が座しています。ここの御神体は「石棒と丸石(臼石)」とありますから、ミシャグジが“基本”でしょうか。当然ながら石棒は見えず、扉の向こうに、と想像するだけです。また、『年内神事次第旧記』には「ミシャグジをササにつ(憑)ける」という記述がよく出てきますから、左右のササも気になります。因みに、本殿正面の蟇股は覆屋と同じ諏訪梶でした。

境石? 覆屋に向かって右前に、何かの社殿があったような礎石が並んでいます。頂部に「×」が付いた「正○様」石も気になります。左には小さな社殿があり、のぞくと全長1mくらいの石の観音様です。小さな板の社額がありますが、字が薄れて読めません。そのため、なぜここに仏様なのか理解できませんでした。
 今日は千鹿頭神社の参拝がメインです。その写真を満足するだけ撮ったので、最後に川向こうから全景を一枚撮って「今日はおしまい」とすることにしました。その道中で、この千鹿頭神社には御柱が建っていないことに気が付きました。

千鹿頭神社全景 裏参道の注連掛鳥居をくぐると、道向こうに稲ワラを積んだ軽トラが駐まっています。その近くで、おじいさんと言っても失礼に当たらないお年寄りが動き回っていました。

 作業のタイミングを見計らって、気になっている「観音様と正○石」を切り出すと、それは「蚕玉様」で「×」は境の印だろうということでした。さっそく、社殿内の石像が抱えていた「ダンゴ」を「繭玉」に訂正してみました。「まー、座れ」の声に作業小屋のコンクリート台に腰掛けたのですが、ここから話が延々と続いてしまいました。

 竹村美幸・伊藤岩廣・細田貴助著『ちの町史』では、埴原田千鹿頭神社は「八ヶ岳山麓の神野の入口で、ここで狩猟した獲物を調理して神にささげる準備をする斎場であった」とありました。

千鹿頭神

 埴原田千鹿頭神社の祭神は、他の千鹿頭神社と同じように資料によって違いが見られます。千鹿頭神・建御名方命・建御名方命+御子十三神・内県神と様々です。さらに「一に云う」とか「一説では」を“組み合わせ”ていますから、その生い立ちは複雑のようです。
 「千鹿頭神社なら素直に千鹿頭神でいいじゃないか」と思いますが、「千鹿頭神は松本へ追放された」という話も伝えられているので、世をはばかっているのかもしれません。

 明治期の神社統廃合で、国に「村の鎮守を一社だけ」登録することになった。御社宮司(ミシャグジ)や千鹿頭を祭神欄に書き込んだが、“絶対神”である政府から「そんな(ローカルな)神は知らないよ」と却下された。そこで、『古事記』の神様「建御名方命」で再登録したら、スンナリ受理された。──このようなことが諏訪の各地であったようです。

蚕玉神社 25.5.15

蚕玉神社 以前より境内にある蚕玉様が気になっていたので、5年間の空白がありますが、新たに書き加えました。
 米澤村村史編纂委員会『米澤村村史』から「千鹿頭神社の本殿左側に蚕玉神社がある。社屋の中には一メートル近い石像の蚕玉様の菩薩立像が祀られている。像容は右手に桑の枝を持ち、左手には繭の皿(篭)を持っている。とりわけ目を見張るものは、お姿が大変美しいことである。北大塩の大清水にも美しい女体像の蚕玉様が祀られているが、立像は大変貴重でもある」を転載しました。
 青と白の彩色が残っているのがわかります。