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横吹千鹿頭神社 諏訪郡富士見町横吹 20.3.15

 細川隼人編『富士見村誌』から転載しました。

上代の交通
 日本武尊の御通路の伝説を調べてみると、(中略)旧落合村に入り、古宿(ふるやど)を通り、休戸に達し、御休になり、これから釜無川沿って長者・八瀬(やせ)・旧片瀬を経て…

鎌倉街道
 諏訪の下蔦木で一所になって古宿に至り武智川に沿い、富士見の横吹を経て、木之間の観音坂を上がり、

 何れも抜粋ですが、甲州街道より古い道に沿った場所に千鹿頭神社がある(または残っている)ことがわかります。また、横吹(新田)と休戸が合併前の旧村名であり、現在の大字(おおあざ)として残っていることを知りました。

 千鹿頭神社は「横吹」と「休戸(やすみど)」にある、と知識としてはありました。しかし、隣町であっても、その神社がどこにあるのかは見当もつきません。そのため、ネット地図でしらみつぶしという新旧入り交じった手法を取ることにしました。
 その結果、横吹の地名を中心にして拡大すると「千鹿頭神社」が表示しました。

横吹千鹿頭神社

 「ようやく春が」という暖かさが続き、諏訪でも雪解けが加速しました。その気にならないと目に留まらない早春の花ですが、すでにその青い花弁を揺らせています。そんな3月の土曜日、暖めていた千鹿頭神社行きを決行しました。カーナビでも表示したので、横吹千鹿頭神社をセットしました。

 ナビにとっては初めての土地ですが、自信たっぷりに「目的地です」と言い切りました。その神社前の横吹集会所(公民館)に車を駐め、まず周囲の景観を眺めました。大山小山に囲まれていますが、右側の低い尾根上に八ヶ岳の南端「編笠山」の裾野が大きく広がっています。新聞で知った雪形「昇り鯉・下り鯉」も見えました。

横吹千鹿頭神社 次は千鹿頭神社です。尾根先に沿って大きくカーブした内側の高みを登ると、一目で覆屋とわかる社殿が一つだけ現れました。その前の灯籠を注視すると、「明和四年(1767)」と「木之間村」が読み取れます。『富士見村誌』で「当区にあって、木之間・(とちのき)・横吹三区の合同産神である」と知っていましたから、“横吹の木之間”には違和感はありません。覆屋の屋根を仰ぐと、大棟に諏訪梶の神紋が見えます。予想通り御柱は建っていませんでした。

千鹿頭神社本殿

 唐破風付き一間社流造(ながれづくり)の本殿は、褪せてはいますが極彩色でした。氏子の方には失礼な言い方ですが、「こんな山の中に」と思いました。諏訪では彫刻に色が残っている例を見ていなかったので、なおさらでした。

 前述の『富士見村誌』には、「寛永18年(1641)に勧請したとされる。棟札により、その後宝暦12年(1763)に再建されたことがわかる」とあり、県境という場所柄か「彫物大工は甲州山梨郡国分村の新七」とありました。