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諏訪神社神宮寺(跡)

 本宮二之(南)鳥居前から御手洗(みたらし)川に沿った坂を上がると、法華寺の山門前に出ます。左へ曲がり墨縄神社前を右に駆け上がると(歩いても可)、高さ32メートルの五重塔、…ではなくマレットゴルフ場が出現します。

神宮寺跡遠望

 神宮寺とは、神仏習合で神社に付属して造られた寺院のことです。後発とはいえ諏訪神社の神宮寺は栄えに栄え、神社側の“本家を乗っ取られた”も過言ではなかったようです。
 しかし、明治以降は廃仏毀釈という逆風が吹き荒れ、諏訪神社の神宮寺といえども、法華寺を除き全て取り壊されました。現在は礎石すら残っていませんから、かつてここに伽藍があったとは全く想像できません。神宮寺の名前に誘われて足を延ばすと「くたびれもうけ」ともなりかねませんが、意外と市街地の眺めがよいので“見れもうけ”となるでしょうか。

諏訪神社「神宮寺跡」 今では「神宮寺」の字(あざな)が残るのみということで、江戸初期作と伝わる『上社古図』を、神長官守矢史料館蔵の「復元模写版」で紹介しました。これには、普賢堂・五重塔・鐘楼・釈迦堂・不動堂・上り仁王門・下り仁王門などの名が読みとれます。前述の法華寺は、神宮寺の中心であった大坊に付属する宮寺で、地図の右端にその名が見えます。下部の崖は、諏訪大社駐車場の斜面にあたります。
 江戸時代末期頃に描かれたと思われる、長野県立歴史館蔵『信州一之宮諏訪大明神御社内之図』から、神宮寺の部分を転載しました。

『信州一之宮諏訪大明神御社内之図』

 題に“御社内”とありますが、神宮寺を描いたスペースも広いので、諏訪大社と神宮寺は一体と考えられていたことがわかります。諏訪市博物館で、かつての神宮寺を再現した模型を展示していますから、興味のある方はご覧になって下さい。

法華寺の紋

法華寺の梶紋 平成15年5月24日、法華寺山門の写真を撮ったときに気がつきました。屋根の「大棟」に、褪せたとはいえ金色に輝く諏訪梶の紋を二つ見つけました。諏訪大社上社の社殿には必ずある神紋です。法華寺が今でも神宮寺であるという唯一の証でしょうか。

五本杉と金灯籠の台石

燈籠の台石 「五本杉」の前に六角形の石があります。径は1.5mほどでしょうか。中心に穴があるので塔の芯礎と思っていましたが、金(かね)燈籠の台石でした。『中洲村史』には「維新廃仏のとき取り除き、預人の手から盗まれて行方不明となって消えてしまい…」とありました。五本杉は、一本が落雷などで枯れたため現在は四本となっています。