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受難!! 三之鳥居 14.4.3

何だ何だ 信濃毎日新聞によると、「4月2日午後3時頃、トラックの荷台から突き出た廃棄物の木の根が直撃。鳥居の二本の柱部分を結ぶ約2トンという貫(ぬき)が落下した。上部の約7トンの笠石もバランスが崩れたので解体撤去となった」とありました。

 現在は、残された鳥居(ただの柱)を守るためなのか車が怪我をしないようにするためなのか、反射テープや点滅灯・注意喚起の標識が置いてあります。初めて通る人・車には、「ようこそ諏訪大社へ」の歓迎柱とも見えそう…。

 この道は、通称「西街道」と呼ばれる茅野市と岡谷市を結ぶ主要道路ですが、ここ諏訪大社本宮の茅野市側では極端に狭くなります。既存の道を(パズルのように)組み合わせてみたものの、鳥居があるため対面通行は無理と判断したのでしょう。「分か去れ」から上写真の「三之鳥居」をくぐり、「南鳥居」の前を直角に曲がり「四之鳥居」をくぐるルートを見ると、一方通行にして何とか車社会に対応させた苦労がよくわかります。しかし、御利益がありそうな「諏訪大社鳥居ライン」ですが、過去にも何回か物損事故があったようです。

新名所!! 三之鳥居 15.1.20

鳥居 平成15年6月23日から鳥居の修復が始まりました。修復というより建て替えです。大型車は通行止め。小型車は直前に迂回路がありますが、狭いクランクなので緊張を強いられました。
 一ヶ月近くの工事に、迂回等にかかる“精神的・経済的損失”は大きく、通勤路とする私は改めて当事者を恨んでしまいました。写真は7月12日現在の、本宮から見通した建設中の鳥居です。

鳥居 7月18日、三之鳥居が完成しました。中国産の黒御影石製で、高さ約7メートル・柱の太さが1メートルと新聞記事にありました。それにしても保険が掛けてあったとすれば賄えたのでしょうか。大社側の損害保険、損壊(全損)させた車側の対物保険の有無など、その高額になるであろう建設費が気になってしまいます。

受難!! 手水舎 15.4.20

哀れ!手水舎 日曜日の朝、いつものパターンでコーヒーを飲みながら新聞に目を通しました。南信版を開くと、「昨日(4月19日)の午前1時半頃、諏訪大社本宮の手水舎にトラックが突っ込んだ」とあります。前にも同じような事故があったはず、と読み進めると、「10年前にもあった」と載っていました。
 雨の中駆けつけると、…写真のような有様でした。手前のポールを蹴散らし、玉垣が一部ありませんからそこまで突っ込んだようです。午後3時過ぎでしたが、地面にはまだ事故車のオイルが雨ににじんでいました。許せないのは、運転手が地元の茅野市であることです。道路状況は百も承知だ、と声を大にしても、(居眠りと思われる)事故を起こした後では。

在りし日の手水舎 テントと同じで柱だけ交換すれば、と素人目には考えてしまいますが、どうなのでしょう。青銅製の水桶も壊れたとあります。「来年の御柱祭までには修理をしたい」との大社側の談話も、三之鳥居が未だにそのままであることを考えると…。
 上の写真は、近景に手水舎を入れて「きよめ茶屋」を撮った写真です。そのため、手水舎の一部しか写っていませんが、今となっては唯一の「在りし日の姿」となってしまいました。現在、玉垣は修復されていますが屋根というか舎は撤去されています。

新名所!! 手水舎 15.12.29

新装! 手水舎 正月を前に手水舎が再建されました。まず目立つのが葺き替えられた屋根。「絶句」とまでは言いませんが相当違和感のある輝きです。まさにピッカピカの一年屋根です。柱も交換されました。
 それなのに裏山から落石が、ということはなく「ガードストーン」の登場。車が突っ込んだ時に最大の防御となる据え付け角度と思われますが、何とも情緒を不安定にさせます。調和より、ドライバーを心理的に圧迫させる効果をねらっているのでしょう。

手水桶 手水桶は新造で、青銅の地肌が鈍い輝きを放っています。御柱年の正月にふさわしいとも言えそうですが…。ここでゴタゴタ述べても、初めて見る人には違和感は全くないでしょうか。


新名所!! 手水舎 22.5.29

手水桶 平成22年の御柱祭に併せて、手水舎の前が改修されました。こうなると、返って前の方が「ワイルド」な景観でよかったとも思えてしまいますが、やはり、大石と単管のガードは異常でした。
 積石柱の一つに「手水舎周辺整備・寄贈(株)日東光学」の字を見つけました。探さないと見つからないほどの小さなパネルに、「三平」さんとは違う奥ゆかしさを見ました。
 下に写っている道も、バイパスが開通したので通過車両は激減しました。こちらも、たまに通る車を見て「諏訪大社が寂れてしまった」と思えるから不思議です。