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柏手社・柏手大明神

柏手社 今では「旧」と冠が付いてしまった参道「中小路」脇に、柏手社が鎮座しています。ケヤキの大木の裏に隠れているような小さな石祠ですから、安国寺史友会が設置した案内板がなければ通り過ぎてしまうでしょう。
 史友会では「前宮の神前に供えるものや饗宴の膳部を調理したところと思われる」と解説し、後に調べた今井野菊さんの冊子には「柏手は膳殿(かしわどの)、神事の内特に御頭祭等の神饌を調える御炊職(みかしぎ)所の神を祀り膳所である」とありました。

 南向きとなる祠の前は、狭いながらも平地があります。それを支えていた石垣は今は“跡”と呼べる状態で、大石小石が散乱したままです。それが柏手社の遺構なのか、単に廃屋になった民家のものか分かりません。案内板にも特に説明がないので、往時の柏手社を偲ぶ物は石の祠のみ、ということでしょう。
 今は独立樹となったケヤキですが、前述の冊子では、かつてこの一帯は「昼なお暗く巨樹が鬱蒼と繁る霊地であった。現在は全く耕地となり、柏手社に一樹を残す」と書かれています。祠の極近であったために神木として伐採を免れたのでしょうか。(自己評価ですが)想像力や創造力に富んでいる私ですら、その「昼なお暗い」前宮周辺のイメージは全く湧きません。

柏手社祭 18.8.26

柏手社祭 溝上社と同じく、御射山祭初日に柏手社祭が行われます。神事は、前宮本殿で月次祭、一旦下って溝上社祭、再び戻って柏手社祭となります。道順に沿えば一回で済みますが、そこは優先順位がある厳格な神事なので、行ったり来たりとなります。神饌は“社格”に関係なく統一されていました。
 終了後に気がついたのですが、玉串はサカキ(榊)でした。当然、という声も聞かれそうですが、寒冷な当地ではソヨゴ(冬青)がサカキの代用として使われます。この柏手社だけ特別に用意したのでしょうか。三日も要する御射山祭なので「大量に使うから正式なサカキを手配した」とは考えられません。というのも、御射山社は「ススキ」で溝上社が「セリ」であるからです。この様な前知識があると、同じパターンの神事も(失礼ながら)飽きずに見学できます。