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嘉禎の旧記  22.12.25

 諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書』に、「宮川村 茅野三郎氏所蔵」とある『諸神勧請段(一冊)』『詞段(一冊)』『根本記(二冊)』が収録してあります。以下は、(今回初めて読んでみた)この三書の「書目解題(解説)」です。四半世紀以上前の発行なので硬い表現ですが、よく理解できます。

常用漢字では「祝詞段」
 諏訪の小社人中五官に次ぎて外記太夫職茅野氏ありて神楽役の筆頭たり。同家に伝来せる嘉禎の旧記とて世に宣伝せられたるもの即ちこの三本なり。
 「諸神勧請段」は祭日によりて諸神を春夏秋冬の四季節に配列しその各神に奏する湯立神事の神楽歌を記載し、「祝詞段」には天地日月の神を初め諸国の神々及び諏訪上下宮、諏訪各郷村鎮座の神々より土俗の神に至るまで、すべての神々にお神楽をまいらする一連の祝詞を載せたり。「根本記」は上下二巻より成り、上巻には諸神の神楽歌とこれに和する神子の唱詞とを録し、下巻殊にその後半は「祝詞段」と相似たり。
 以上三本ともに嘉禎の奥書あれど本文と同時の書載なりや否やはにわかに断定しがたし。されど本書が相当古き年代のものたる事は疑う余地なく、諏訪神社に古き神楽歌の伝わるものなき今日本書に依って稍旧時の面影を窺うを得べく、又「祝詞段」及「根本記」の記載は諏訪各郷村の神々の鎮座年代を知る一標準として貴重なる文献なり。

 この書が「嘉禎三年」に書かれたのか否かは別として、「ここに記載されている神社は、1237年には存在している」ことになります。諏訪では「『祝詞段・根本記』によると──」など、神社の鎮座年代を推定する“参考書”になっています。

 一例として、『祝詞段』から「前宮周辺の神々」を紹介します。

 銭ナラヘ十三所イツハエカサナシミカシキ所若子若宮アエモト新玉ツマタテ子安高部安蔵一ノヲタマトノ柏手タマウミネタタイフナタタイマヨミタ々ノ御社宮神明神神々ニチヨノ御神楽マイラスル

 同『根元記』にも、ほぼ同じ内容の祝詞があります。

イソナラヘ十三所イスハイカサナシミカシキトコロニワカコワカ宮アイモトアラタマツマ立子安タカヘ安蔵イチノヲタマトノ柏手タマウワ、ミネタタイフナタタイマヨミタタイノミサクジ明神マデ神々ノコシミストキワ

 「ツマタテ─妻立」と置き換えてみましたが、意味不明です。子安の修飾語かもしれません。また、「高部安蔵は、高部に住む雅楽(がこう)の安蔵さん」という程度しか理解できません。それ以外は「磯並十三所・出早・笠無(風無)・御炊・所(所政・所末戸)・若御子・若宮・相本・荒玉・子安・高部安蔵・御玉殿・柏手・峯湛・舟湛・檀湛」と、現在も“通用する”名称に変換できます。
 また、カタカナで書かれているので、《読み方》がわかります。「磯並─いそならべ」「御玉殿─みたまどの」「御社宮神─ミサクジ」など、この時代の神楽ではこのように読み上げていたことがわかります。また、「檀湛(マヨミタタイ)」が前宮周辺にあったことが読み取れ、「諏訪七木」が「七箇所限定」でないこともわかります。