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きよめ茶屋 諏訪市神宮寺 14.7.6

 上社の参道は、大型ドライブイン脇から一之御柱前に続く「北参道」が一般的です。一方、前宮(茅野市)側から南鳥居(二之御柱)の前に続くのが「南参道」です。今でこそ食堂や売店が3軒ほどとまったく地味な存在ですが、古来はここが表参道でした。その道の最奥、南鳥居からは斜め前、バスから降りると道の反対側、未舗装の大社駐車場から向かうと右側にある(と変な説明になってしまった)のが、ちょっと個性的な「きよめ茶屋」です。

きよめ茶屋
現在、「きよめ茶屋」は取り壊されて存在していません。

 『中洲村史』に「参拝客はまずきよめ茶屋で休み、塵を払い衣紋を正して参詣に向かった。元は神社が経営し、修理するときは藩内へお触れを出して寄付金を募った」とあるように、きよめ茶屋が由緒ある茶屋と分かったのはつい最近でした。「間口七間奥行き五間の総二階造り」との文に改めて写真を見ると、確かに堂々たる造りです。本宮参拝時には、“古式”にならって、この茶屋で一服もしくは(看板にあるこの店一押しの)蕎麦を食べてから参詣をしてはいかがでしょうか。

展示用(?)のカマド 全景写真の左隅にあるのが、当時使われていた湯を沸かすカマドです。美術品とも言えそうなていねいな作りに、エーっと思いましたが、裏をのぞくと確かに焚き口が二つありました。左の花瓶が目障りなので、何とか同じような釜を見つけ出して設置して欲しいのですが…。

 よく見ると、カマドの脚が基礎石の隅に寄っていて外れそうです。通過車両の振動で動いたのでしょうか。このコーナーは一方通行なので、道幅を一杯に使ったり手前でブレーキを強くかける大型車両も多く、その振動は少なくないと思われます。
 きよめ茶屋の物置と思われる最左の窓からのぞくと、かつては店の角に吊られていたという破れた大提灯が見えます。暗い空間には「きよめ茶屋」の歴史がホコリとともに残っていそうで気になりました。

きよめ茶屋の中は…

きよめ茶屋 8月14日、“意を決して”きよめ茶屋に入ってみました。店主の許可を得て、店内の紹介をとカメラを向けましたが、広角レンズではないので一部しか写すことができません。
 入口付近の床は敷石です。写真では見えませんが「きよめ茶屋」の看板の左には奥まで通路があり、その両脇は畳敷きになっています。二階へ続く階段の右側はカウンター席でした。

 現在店内にある「きよめ茶屋」の看板は昭和初期のもので、「出征兵士がよくこの看板のことを覚えていた」という話を聞いていました。この茶屋で一休みしてから「武運長久」を祈った折に、見納めとして目に焼き付けたのでしょう。無事帰還できたお礼参りにこの看板を再び見ることができた人と、それが叶わず一度きりになってしまった戦死者の分かれ道を想い、知らなければタダの看板だった「きよめ茶屋」を改めて読んでみました。

天井 古色が残るのはやや低い天井と煤けた梁です。懐かしい布カバー(外装)の電線と磁器の碍子(ガイシ)が子供の頃を思い出させます。目の前に諏訪大社があるのに、小さな神棚をわざわざ設えてあるのもおもしろく感じました。こちらの神様は「商売繁盛」でしょうか。

 個人的には好きでありませんが、店内のあらゆる場所に写真や雑多な置物が所狭しと並べられています。観光地でよく目にする光景ですが、人によっては旅気分に拍車がかかるかもしれません。

 オーナーから経営を任されて3年経つという店主の話では、建物はかなり改造の手が入っていて、かつての造りとはほど遠いということでした。
 御柱祭の「里曳き」では、この二階が最上の見物席になります。貸席料も御柱相場となり、一般人では手が出ません。前回は不景気の年だったので企業の接待用の予約も少なく、例年よりかなり安く設定されたと聞きました。再来年は、現店主にとって初めて迎える御柱です。どうなることでしょうか。

きよめ茶屋と金子茶房(新旧の茶屋)

大晦日のきよめ茶屋
「二年詣り時のきよめ茶屋」 平成16年元旦
新きよめ茶屋?
リニューアルオープンの「きよめ茶屋」ではなく「金子茶房」 平成22年1月

‖サイト内リンク‖ 「受難!! 諏訪大社上社三之鳥居と手水舎」