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北方御社宮司社 諏訪市湖南

 明治の神社合併で、南大熊から南方・北方御社宮司社合併の申し入れがあったそうです。北大熊の猛反対でその話はなくなりましたが、その結果、現在も南方御社宮司神社と北方御社宮司社が存在することになりました。しかし、合併は国の命令です。調停で、村内の小社・雑社は、鎮座地を無視した「くじ引き」で両社に合併されたそうです。

北方御社宮司社 21.3.28

 上り下りはありますが、中央道に沿った道をのんびりと進みました。遠目では寺堂に見えたのが、北方御社宮司社の参集所(舞屋)でした。

北方御社宮司社「日参札」 前回訪れた時に目にした「日参」の木札が見当たりません。「札」の持ち回りで、各戸が必ず参拝(見回り)するシステムと聞きましたが、この一年の間に廃れたのでしょうか。

北方御社宮司社

 拝殿に向かうと、上部から車の走行音が伝わってきました。「見た目には古社の雰囲気があります」と書くと、半分「荒れて寂れた」というイメージになりますが、拝殿右の石祠は、反っくり返ったりお辞儀をしたり、果てはバランスを取るために石を差し込まれたりと末期状態の姿です。整備された南方御社宮司神社を参拝した直後ですから、地元北方の氏子にとっては、強制収用を免れたことは不運だったと見るべきでしょうか。

北方御社宮司社本殿 拝殿の左側から、本殿が一番よく見えるように撮ってみました。三方は石垣で囲われていますが、諏訪湖を囲む標高750mラインにある神社の例に漏れず、拝殿の後ろの斜面に押し込めたような窮屈さでした。
 この先は、習焼神社・蓼宮神社・千鹿頭神社・小坂鎮守神社・小坂御頭御社宮司社と、諏訪明神以前からあったと言われる古社が続いています。習焼神社はやや下方離れていますが、いずれも中央自動車道のすぐ下に位置しています。しかし、「諏訪大社」目当てに参拝に来る人には“興味外”の神社でしょう。

北方御社宮司社遠望 30.5.19

 市街地を挟んだ足長神社から、中央自動車道下にある北方御社宮司社を撮ってみました。

北方御社宮司社 中央上が北方御社宮司社の舞屋の屋根です。地図では標高約810mです。
 因みに、諏訪大社本宮が約770mで前宮本殿が約800mです。改めて地図を見ると、中央自動車道は諏訪大社上社を避けて平地側へ迂回しているのがよくわかります。